2
言葉に詰まったまま、俺はバカみたいに棒立ちになっていた。
どうしたって、姉を傷つけないようなきれいな言葉が見つからない。
「どういうことなの。なんでもいいから言ってみてよ。時々夜中にでかけて行ってたわよね。あんたのことが分からない。」
辛いの、と、姉が喉の奥から言葉を絞り出した。
辛い。
姉の言葉は胸に染みた。
俺には、俺のやることが理解できないと胸を痛めてくれる姉がいる。
それでも、いや、だからこそ、高峰さんとのことを姉に話すわけにはいかなかった。
「……。」
黙り込む俺を、姉は母親に似た大きな目でじっと見つめていた。
「話せないの?」
姉の声が、不安定に揺れている。
「どうしても、話せないの?」
話せない。
俺は辛うじてそう口にした。
姉が、深く長い息を吐く。
「二度と、さっきの人とは会わないで。できる?」
できるもできないも、はじめからそのつもりだった。
俺は急いで頷いた。ほんのわずかでも姉を安心させたい。その気持ちは本当だった。
「夜中にでかけていくのもやめて。あなたはまだ未成年なのよ?」
今度の言葉にも、俺は素直に頷いた。姉が望むなら、できる限りのことはしたかった。
ただ、その約束を守れるかと言われれば、微妙なところにいるのも確かだった。
姉のいない深夜、この家にいれば、速人が俺を抱きに来る。
俺はなぜだかいつも、速人の腕に抗えない。
「なにか、理由があるなら話してほしいの。夜中にでかけて行く理由も、さっきの人と会う理由も。」
夜の闇の中で、姉の白い顔や腕はほんのりと発光して見えた。
その白は、俺にとってひどく懐かしい色だった。
両親を亡くした後、一人で眠れなくなった俺は、姉の白い腕の中で眠った。姉の白さや甘い香りは幼かった俺を、陶酔と眠りの国にいとも簡単に連れて行った。
でももう俺は、姉の腕の中では眠れない。身体が育ちすぎている。いくら姉に、速人や夜の闇の恐怖から守ってほしいと願ったとしても。
「不思議ね。」
どこかぼんやりと、夢でも見ているような調子で姉が言う。
「昔はあなたは手のかからない子だった。速人がいつも喧嘩やら成績やらで学校に呼び出されてばかりいたのに。それが、今では反対ね。」
俺は黙ったまま、足元の地面に視線を落とした。
問題児は俺。
別にそれでいい、と、自分に言い聞かせる。
姉に速人とのことを知られるくらいなら、俺はずっとずっと問題児で構わない。
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