3
数日のうちに、姉が夜勤の夜がやってきた。
姉は家を出る前に、俺の頬をなでて言った。
「どこにも行かないでね。」
俺はためらわずに頷いた。
「うん。」
姉に心配はかけたくない。たとえ、家の中にいることが、家の外にいることより俺にとって危険だとしても。
「速人に言っておいたわ。良人が外に出ないように気をつけておいてって。」
絶望的な姉の台詞に、それでも俺は頷いた。笑みさえ浮かべて。
「大丈夫。どこにも行かないから。」
どこにも行かない。
覚悟はしていた。今日も俺は速人に犯される。
それでも俺にとっては、姉との約束のほうが大切だった。
姉を見送り、自分の部屋に引っ込み、ベッドに身を投げる。
本当に速人を拒みたいなら、ドアに鍵を取り付ければいい。
分かってて、俺は分からないふりをしている。
ベッドに転がって、雑誌を見ていた。当然雑誌の内容なんか頭に入っては来ない。
三十分くらいそうしていただろうか。部屋のドアが開いた。
速人だ。
速人は狭い俺の部屋を大股二歩で横切り、ベッドの脇までやってきた。
いつもならそこで、間髪入れずに頭を枕に押し付けられる。
ところが今日の速人はそうはしなかった。
「誰と寝てた。」
低い問いだった。
俺は一瞬何を言われているのか分からず、ぽかんとして速人を見上げた。
速人の表情は、影になっていてまるで読み取れなかった。
「誰と寝てたんだよ。」
速人が更に問いを重ねる。
俺はどうしていいのか分からないまま、じっと黙り込んでいた。
「おい。」
速人の声は、ほとんど怒声と言ってもよかった。恫喝するような、そんな響きをしていた。
俺は唇をきつく噛んだ。
誰と寝ていようがお前には関係ないだろう、と言いたかった。
速人がベッドに身を乗り上げ、俺うつ伏せにさせると頭を枕に押さえつけた。
いつもの行為だ。俺はいっそ気が楽だった。妙な問いかけをされるより、ずっと。
呼吸が苦しくて、意識がぽんやりと濁ってくる。
この濁りがなくては、俺は自分の弟との性行為になんか耐えられないと思う。
速人がまた何か言ったけれど、濁った思考の中ではその言葉を捉えることはできなかった。
どうでもいいから、早くやって早く終わらせてくれ。
この濁りが、解けないうちに。
そう念じているのに、速人の体重が身体にかかってくることはなかった。ただ、頭を押さえつけられているだけで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます