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高峰さんの車で家まで送ってもらう。遠くの空はもう白んできて、夜と朝の中間くらいの時間だ。
姉も速人もとっくに寝ている時間だし、起きてくる時間にはまだ間がある。
俺は一つ伸びをしながら靴脱でスニーカーを脱ぎ、リビングを抜けて自分の部屋に入ろうとした。その完全に気を抜いていた俺の背中を、姉の声が引きとめた。
「良人。こんな時間までどこ行ってたのよ。」
本日は日勤で、今頃自室のベッドにいるはずの姉が、なぜだかリビングのソファーで毛布にくるまって、蓑虫みたいになっていた。
驚いた俺は言葉をなくし、じっと姉を凝視した。
姉はソファの上に身体を起こし、まっすぐに俺の目を見てきた。
「明日は学校でしょ。高校生が出歩くには遅すぎる時間ね。」
明日は学校。
たくさんの男たちと寝ていた頃、俺は毎日のように午前中の授業をサボり、一眠りしていた。
そのことを三者面談ではじめて知った姉は、それ以来俺の深夜の外出には厳しくなった。
昨晩も俺は、姉を起こさないように静かに家を出たつもりだった。
「……友達に、急に呼び出されて。」
「友達って、あんな高級車に乗ってるわけ?」
まずい、と思った。姉はどうやら、高峰さんが俺を迎えに来たことにも気がついているらしい。
「……先輩、で。今は大学生で、バイトしてローンで車買ったみたい。」
俺はどうしようもなくて、苦しい言い訳をした。
もともと社交的でない俺に、こんな時間に呼び出してくるような友達がいないことくらい、俺の母親兼父親代わりをやっている姉はとうの昔から承知しているはずだ。
それ以上言い訳の言葉も見当たらない俺は、押し黙って姉の目を見返した。
祈るような気持ちだった。
どうかこれ以上俺の中に踏み込まないで、と。
心も身体も削り取るようにして保護者の役割を務めてくれている姉に、俺の一番汚いところなんか見せたくはなかった。
数秒の沈黙があった。
そして姉は、長い溜息をついた後、ソファから立ち上がった。いつの間にか、俺より小さくなっていた姉。彼女は俺の傍らを通り過ぎがてら、くしゃくしゃと髪をなでてきた。
それは懐かしい仕草だった。
姉に髪を撫でられたことなんかこれがはじめてだけれど、母は生前よく、俺の髪をこんなふうにくしゃくしゃにした。
「危ないことだけはしないでよ。」
短い台詞が、俺の心臓を縛った。
俺は自分の部屋に引っ込み、ベッドに身を投げ、これまで抱かれたたくさんの男一人ひとりについてなにか思い出そうとしたけれど、それは無駄な努力だった。
結局俺は、どの男についてもなにも覚えていないのだ。
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