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高峰さんはいつも優しい。セックス中も、セックス中以外も。
だから俺は、高峰さんに婚約者がいてよかった、と思う。だって、それは強烈な歯止めになるから。
優しい高峰さんは、おんぼろのベッドで俺を抱く。ミシミシときしむベッドの上、これ以上なくノーマルなやり方で俺を抱く。
「無理やりみたいにしてください。」
あえぐ喉から、俺はかろうじて声を絞りだす。
「後ろから、俺の頭押さえつけて、無理やりみたいにしてください。」
優しい高峰さんは、いつもその懇願には応えてくれない。
「どうしてそんな事を言うの?」
それどころか、高峰さんは心配そうな声でそう問うてくる。
好きだから、と、いつも俺は嘘をつく。
そうすると高峰さんは、静かで長い口吻をくれる。
この人の婚約者はきっとすごく幸せだろうな、と思う。それは、嫉妬でもなんでもなく、ごく素直に。
速人とのセックスを薄めたくて他の男と寝るのに、どうしても身体に触れられれば、俺は速人を思い出す。
高峰さんと速人を比べてしまう。
それは、どの男と寝たって同じことだった。この男は速人より、重い、軽い、熱い、冷たい、硬い、柔らかい。
そんなことばかり、身体が勝手に比較する。
本末転倒だと分かっている。
それでも俺は、名も知らないような男とのセックスをやめられない。
「……なにを考えているの?」
速人よりも重くて熱くて硬い、目の前の人が囁く。
なにを?
そんなこと、答えようがない。速人とのセックスについてこの人にぶちまけようと思ったら、両親の死から始まる長い長い話が必要になる。
だから俺は、両腕を伸ばして高峰さんの頭を胸に抱く。
誤魔化し。
分かっているだろうに、優しい高峰さんは、それ以上言葉を重ねたりしない。
高峰さんは多分、俺が不特定多数の男と寝ていたことだって勘付いている。
勘付いていて、なにも言わない。
それが優しさと同時に無関心から来ていることくらい、馬鹿な俺にもわかる。
婚約者がいる高峰さんにとって、俺は深入りする対象ではない。
ごくノーマルなセックスが終わり、交代でシャワーを浴びる。
ここのシャワーはいくら温水の蛇口を捻っても、ぬるま湯以上の温度にはならない。
先にシャワーを浴びた俺が、ベッドに座って髪を拭いていると、シャワーブースから出てきた高峰さんが言う。
「今度、花火でも見にいかない? 来週、海上花火が上がる夏祭りがあるんだけど。」
俺はドライヤーをコンセントに差し込みながら、できるだけどうでも良さそうに見えるように、適当に首を横に振る。
「そういうのは、婚約者さんと行ってください。」
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