2
身体を汚そうとしたことがある。
速人とのセックスを、特別なものにしたくなかった。
マッチングアプリで知り合った男たち、何人とも寝た。よく変な病気をもらわずにすんだな、と、今は感心したように思う。
ただ、その頃は……つまり、速人に抱かれ始めた頃は、そんな事も考えられなかった。男とのセックス。実の弟とのセックス。後者はどうにもならないにしても、前者だけでもどうにか感情を薄めてしまいたくて。
いろんな男と寝た。アブノーマルなプレイもした。言いなりになる屈辱にもなれてしまいたかった。
大抵の男は一度きりで関係を切ったけれど、そうならなかった人がいる。
「良人くん、今晩会えないかな?」
なんて、気安く電話をよこす人。
俺はその人に婚約者がいることを知っているけれど、それでも誘いを断ったりはしない。
「会えますよ。」
それだけ答えれば、青い車が俺の家の前まで20分でやってくる。
「久しぶり。」
と、運転席の窓を開けて高峰さんが笑う。
俺は、高峰渚というこの人の名前が本名なのかも知らない。
「2週間前に会ったでしょう。」
「本当はもっと会いたいんだけどね。」
「だって、高峰さんは仕事忙しいし、それに、」
婚約者がいる。
その言葉を、高峰さんはいつも口にさせない。ごめん、とちょっと悲しそうに微笑んで俺の口をふさぐ。
高峰さんの車に乗り込んで、向かう先はいつも決まっている。
湖のほとりにある、おんぼろのラブホテルだ。
はじめて高峰さんと会ったとき、この湖の周りをドライブした。そのとき俺が、木々の間に埋もれるように建っているこのラブホを見つけ、ここがいい、と言ったのだ。
高峰さんは驚いたように俺を見て、きれいなホテル、少し走ればいくらでもあるよ?
と言った。
俺は首を横に振り、ここがいい、と繰り返した。
セックスをするためだけの建物、という感じがよかった。それ以外なんの機能もついていなさそうなところが。
それ以来、俺は高峰さんに、このホテル以外で抱かれてはいない。
「本当にここでいいの?」
いつものように、高峰さんが問うてくる。
俺は顎を引くように小さく頷き、今にも壁が崩落しそうなラブホを見つめる。
セックス以外はしない。
高峰さんは多分、俺のその意思表示を読み取ってくれている。
そしてその俺の意思は、婚約者がいる高峰さんにとっても都合がいいものなのだろう。
こんなおんぼろホテルには似合わない、ぴかぴかの車と、端正な容姿の高峰さん。
俺は心のどこかに空いた穴を意識してしまう。なにを注いでも、ざらざらとその穴からこぼれ落ちていってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます