最後のキス

美里

最初のキス

真夏だった。

 覚えているのは、それくらい。

 停電した真夏の夜、手探りでキスをした部屋の隅。

 俺から迫ったわけでも、相手から迫ったわけでもなく、キスは二人の真ん中でした。

 それが最初で最後のキスだと思っていた。だって、俺と速人は兄弟だから。

 同性なんか好きじゃなかった。実の弟のことなんか、なおさら。

 それでもそのキスが、今でも俺を縛り付けている。そうでもなければ、実の弟の性欲処理なんかしていない。

 セックスフレンド。

 そんな言葉すら当てはまらない、ただの性欲処理。速人はいつも、俺の顔を見ない。お互いの顔が見えるような体位で交わったことがない。会話だって一切ない。ただ、速人が俺の中に精液を吐き出すだけの行為。

 それでも俺が、速人を受け入れるのは……。

 姉のためだ、といつも思う。両親が事故死したあと、俺と速人を必死で育ててくれた姉。

 ただ、それが誤魔化しだということに気がついていないわけではない。本当に姉が俺と速人の関係を知ったとしたら、その関係を、俺が姉のために続けていると知ったとしたら、彼女はきっと、そんなことはやめなさいと言う。

 だからつまり、俺が速人を受け入れるのは、家庭の崩壊を防ぐためではない。

 わかってる。わかっている。本当は、認めたくないだけだ。

 俺は、一つ年下の弟に、どうしようもなく恋をしている。

 看護師である姉が夜勤で家にいない夜。

 速人が俺の部屋に入ってくる。

 狭い部屋でベッドに転がり、雑誌を読んでいた俺は、速人の存在に気がついていないふりをする。

 速人の腕が俺の肩にかかり、二人分の重さにベッドがきしむ。

 その体勢のまま、俺は速人に抱かれる。

 顔はいつも、枕に押さえつけられる。

 息ができないともがいても、俺を押さえつける腕の強さは緩まない。

 速人は痩せていて、身長も俺より低いのに、こういうときだけ俺の腕力は、速人にまるでかなわなくなる。

 速人の荒い息遣いが耳元で聞こえる。

 俺はじっと呼吸や声を押し殺している。

 初めて速人に抱かれたのは高1の時だから、もう5年は前。

 俺の肉は速人とのセックスに慣れて、快感を拾い上げるようになった。

 それでも俺は、なんとか体の反応を押し隠す。

 俺の腹の中に射精をすると、速人はそのまま部屋を出ていく。

 俺はぐっと唇を噛み、屈辱を体中にめぐらしながら、シャワーを浴びに行く。

 これが恋なのだとしたら、そんな感情は死んでしまえと念じながら。


 

 

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