ただの冗談

姉に朝帰りを咎められてからも、俺は高峰さんと会うのをやめられなった。

 速人に犯されると、高峰さんが欲しくなる。それは、中毒みたいに。

 高峰さんより軽くて冷たくて柔らかい速人の身体に、無理やり抑え込まれて背後から抱かれる。

 抵抗すればしきれないこともないだろう、と思いもする。俺は速人よりでかい。多分、力もある。

 それでも俺は、抵抗できずに速人に抱かれていた。

 俺の中で射精した速人が、無言で部屋を出ていく。

 俺も黙ったまま、その背中を見ないよう、天井を睨みつけている 

 速人が隣の部屋に引っ込み、ドアを閉める音を確認してから、俺はシャワーを浴びに行く。

 熱いお湯を頭から被りながら、怖いのかもしれない、と思った。

 怖いのだ。今この状態を崩すのが。

 両親を亡くし、姉弟三人で作り上げてきたこの生活。

 それを壊すのが、怖い。

 速人の身体を押しのけた瞬間に、全てが壊れるような気がして。

 そんな考えはおかしいと分かっている。実の弟の性欲処理に使われているなんて、そもそもこの状態が家庭としては崩壊している。

 それでも、怖い。

 なんとか取り繕っている三人暮らしが壊れたら、今度こそ俺たち姉弟はばらばらになってしまう。

 「……嫌だな。」

 じゃぶじゃぶと注がれる湯の中で、小さく呟く。

 それは、いやだ。俺はもう、誰一人として家族を失いたくはない。たとえその『家族』がどんなにいびつな形になってしまっても。

 シャワーで隅々まで身体を洗い、脱衣所に上がると、ちょうどスマホが鳴った。

 高峰さんだ、とすぐに思った。俺には他に、電話をかけてくるような知り合いはいないから。

 けれど同時に、おかしいな、とも思った。 

 高峰さんが俺を呼び出すのは、大抵は金曜日の夜。平日のときも稀にあるけれど、こんなに遅い時間に呼び出されたことはない。

 おかしいな、と思いながら、俺はそれでも電話を取った。

 『良人くん?』

 「はい。」

 『今から会えないかな。』

 「いいですよ。」

 いつもと同じ会話だった。それなのに、高峰さんの声の調子がいつもと違うような気がした。どこがとは上手く言えないけれど、なんとなく、切羽詰まったような色があるような。

 けれど俺は、高峰さんにそのことを指摘しはしなかった。

 だって、俺と高峰さんは、そんな関係性にはない。

 「じゃあ、後で。」

 俺はそう行って、いつもどおりぷつんと電話を切った。

 

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