という、お話


「……はい、めでたしめでたし」

 隣の布団であたしの長い話を聞き終わった咲子さきこさんは、目をこすりながらため息をつく。

「いやごめん、ちょっと途中から全然ついてけてなかった」

「うん、ミユカも寝落ちてたから大丈夫」

「サンアサのパロディなのに難しすぎるんだって」

「設定を詰めたのがあたしだからねえ」


 どういう経緯か、というと。

 先日、あたしと仁輔と結華梨は久しぶりに地元で集まった。もう20歳も越えているので、居酒屋の個室で存分に語り合った。その一幕で、あたしと仁輔が幼い頃に空想していた「ペルソナイト仁義」の話になったのだ。当時夢中だった特撮『ペルソナイト双流ソウル』にあやかった、二人で一人のヒーロー。


 そして……どんなきっかけだったか忘れたが、ペルソナイト仁義を本気で構想するのが盛り上がってしまった。それより前に、フィクションにおける能力設定の妥当性について仁輔と論じていたせいかもしれない。

 ヒーローのルーツから役割分担、実際の出動から戦闘までの流れまで。熱心に聞こうとしていた結華梨が眠気に沈みかけるのを横目に、あたしの理屈フェチと仁輔の胸熱フェチは猛烈なアンサンブルを続けた。


 そうして作り上げた、TVシリーズの中盤にありそうな1エピソード分の展開を、同居している咲子さんに語って聞かせ。

 無事に、引かれた。


「けどさ~、義花と仁は昔からそういう話が大好きだったじゃない? 聞いてて懐かしかったよ、母親としては」

 咲子さんはご機嫌そうな笑顔で、あたしの頬をむにむにとつまむ。

「ね~、ホームに帰ってきたんだって感覚が凄かった。生まれたときからの親友は伊達じゃないからね」

「うんうん……それにやっぱりね、あなたたちがこんな風に仲直りしてくれたのが嬉しいよ」

「……一時期は本当に、ロクに顔も合わせられなかったからね」


 今でもたまに思い出す、4年前の激動の夏。

 仁輔のあたしへの告白から始まって、色々が明かされて狂わされて絡み合って――あたしと咲子さんが恋人になることで決着した、人生の岐路。

 あのときの選択は後悔していない。ただ、どれだけ仁輔を傷つけてしまったかを考えることは、忘れたくなかった。


「義花はやっぱり、仁の気持ちに触れたいって今も思うから、そういう設定にしたの?」

「そうだね。あいつの信頼を裏切ったことも、両親の仲を裂いちゃったことも、やっぱりあたしの罪だから……そのせいであいつが苦しんだこと、忘れたくないんだよ」

「義花がそう思ってるなら大丈夫、仁はもう怒ってなんかないよ」

 あたしを諭してから、咲子さんはクスっと笑う。

「何、咲子さん?」

「いや、ね……人妻と高校生の熱愛展開、子供向け番組でやったらアウトだなって」

「そりゃそうだ、大きなお友達は喜びかねないけどねえ……そもそもミユカの前だったから咲子さんの話できなかったし」

 あたしと咲子さんの関係は、今でも家族以外には秘密である。誰かにのろけたいな~けど言える人いないよな~という葛藤に襲われるのが、最近のちょっとした悩みだ。


「ねえ咲子さん」

「うん?」

「離れていても、仁のことは相棒だってずっと思ってるよ。最近は大学も大変になってきたけどさ、仁も頑張ってると思ったら気合い入るし」

 高校卒業の後、仁輔と交わした挨拶。あたしたちが描いたヒーロー「ペルソナイト仁義」の名にかけて、人を助けられる大人になろうと誓った。その誓いは今も、心の底でずっと燃えている。


「だから……やっぱり嬉しいんだ、あたしが仁に会えたことも、咲子さんが仁のママになったことも。それが咲子さんにとって、悲しい選択の先だったとしても」

 咲子さんはあたしを抱きしめて、少しだけ涙の滲んだ声で答える。

「私も毎日ね、胸の中で実穂みほに伝えているんだ。この世に義花をありがとう、義花に出会えて幸せだよって。だからね、」


 咲子さんはあたしにキスをして、祈るように囁く。

「義花はなれるからね、お母さんと子供を助けるヒーローに。なってね、義花」


 ――かくして、ヒーローを目指すあたしたちの日々は続く。

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ペルソナイト仁義 いち亀 @ichikame

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