翔太しょうたが世界を救ってから、四年が経った。



 世界では相変わらず、何機もの機龍が戦っていた。世界では相変わらず、ICが作られていた。そして、世界では相変わらず、ICが戦争に利用されていた。

「敵機発見! 直ちに撃墜せよ!」

「撃て!」

「荷電粒子砲、発射!」

 地球の滅亡を阻止することは出来た英雄にも、世界を変える力は無かったようだ。かつては架神かがみによるクーデターに脅かされた人類も、結局は歴史から過ちを自覚することなどなかったのだろう。



 しかし翔太と架神が繰り広げた死闘は、決して無意味ではなかった。



 官邸の前には、毎日のようにデモ隊が押し寄せている。

「ICの製造をやめろ!」

「ICプロジェクトの責任を果たせ!」

「罪のない命を弄ぶな!」

 あの一件で、ICの存在は世間に知らしめられたらしい。プラカードを掲げた集団は、次々に怒号をあげていった。しかしICを作らなければ、狐火きつねび国は戦争を生き延びることが出来ない。それもまた、揺るぎない事実である。

「あの非国民どもを捕らえろ!」

 国家元首は大声を張り上げた。

「了解!」

「了解!」

「了解!」

 武装した集団は次々とデモ隊を取り押さえていった。デモ隊の中には、国家元首の護衛に銃殺された者もいた。ICの製造に反対すれば、自らを命の危機に晒すことになる。それでも、ICに反対する勢力は立ち上がるのだ。翔太や架神を含めた――全てのICが望んだ世界を実現するために、彼らは奮闘の日々を送っている。



 テレビ画面には、隻腕の退役軍人――ジェラートの姿が映っている。彼は広いホールの檀上で、ICプロジェクトに対する見解を語っていく。

「生まれてはいけない命はない。ただし、生み出してはいけない命はある。科学を得た人類は己の技術に陶酔し、自らを神と見紛うこともあるだろう。だが、その神とやらは世界に憎しみを振りまいた」

 そんな演説を前にして、聴衆は真剣な顔つきで息を呑んだ。この会場に集まった者たちの中には、ICプロジェクトに反対する者も、賛成する者もいる。無論、ジェラートはICを生み出すことに強く反対する姿勢を示している。

「人間は道具じゃない! ICだって同じだ! いかなる状況でも、世界が緊迫していても、それは命を弄んで良い理由にはならない! ワタシはヴァランガ軍で働いていた時、いつも祖国のやり方に疑問を感じていた!」

 スピーチに感情が乗り、彼の声は徐々に大きくなっていく。迫真の演説が響き渡るホールには、この上ない緊張感が漂っていた。

「ワタシたちはもう、国と戦うべきではない。この狂った世界を変えるために、立ち上がるべきだ! そのために、我々は手を取り合うべきなんだ!」

 曇り無き眼でそう断言したジェラートの姿は、世界中で物議を醸した。



 一方、孝之たかゆきは病室の寝台に横たわっていた。彼は呼吸器や点滴に繋がれ、酷く息を荒げていた。もう十九歳を迎えている彼は、老い先が短い。遺伝子操作によって短命に作られているICには、悔いのない人生を謳歌するに足る時間を持て余してなどいないのだ。そんな極限状態の中、彼は二人の人物の名を呟いた。

「いよいよ、オレがそっちに行く日も近づいてきたのかもな。翔太……狼愛ろあ

 やはり彼にとって、あの二人は思い入れの深い人物であった。それから彼は、数時間にもわたってうめき声を上げ続けた。死に向かう最中、彼はこの上ない苦痛に苛まれていった。そんな彼の心を満たすものは、ICプロジェクトへの憎しみではない。彼の脳裏には、翔太や狼愛と過ごした日々が反芻されていた。

「アンタらに会えて、オレは本当に、幸せだった。そして、この四年間、ずっと寂しかったよ」

 そう言い残した孝之は、静かに目を閉じた。心電図モニタは電子音を室内に響かせ、彼の死を告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薄命戦記 やばくない奴 @8897182

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ