嘘に、ほんの少しのホントを混ぜて

望月くらげ

第1話

「ねえ、光莉」

「どうしたの? 朝人君」

 光莉は背もたれにしていたベッドの上にあぐらをかいて座る朝人を見上げた。紺色を基調としたカバーの掛かったベッド。本棚とベッド、あとは机しかないシンプルな朝人の部屋によく似合っている。実家の部屋もそうだったけれど、光莉と違ってものが少ない朝人の部屋はいつ来て居心地がよかった。

 白のTシャツにカーディガンというラフな格好をした朝人は、手に持ったバイクの雑誌をベッドの上に置いて「あのさ」と口を開いた。

「三丁目の田中さんが猫を拾ったんだって」

「え? あの猫嫌いの田中さんが? ホントに!?」

「や、嘘なんだけど」

「なーんだー、ビックリしちゃった」

 真剣な顔で言う朝人にうっかり騙されてしまった光莉。けれど騙したほうの朝人は何やら浮かない表情を浮かべていた。

「朝人君?」

「その、今朝うちの母親がオーブンを爆発、させたらしくてさ」

「え、そ、それは大丈夫だったの? おばさんに怪我はなかった?」

 朝人の実家を思い出す。キッチンに置いてあった大きなオーブン、あれを爆発させてしまったのだとしたら――。

 こんなふうに話している場合じゃないのでは。朝人の母親に怪我はないのだろうか。家は大丈夫なのだろうか。

 光莉が心配していると、朝人はバツが悪そうに項垂れた。

「う、うん。や、えっと、ごめん、これも嘘」

「……朝人君? その嘘はちょっと怒るよ? 心配するじゃん」

「ごめん……」

 こんなふうに朝人が嘘を吐くことは珍しい。いったいなんだというのか。

 嘘、嘘……。

「あ、もしかし――」

「昨日、バイト先からの帰り道、宇宙人が、いや、えっと、幽霊が出てさ」

 実直で、真面目で素直。そんな朝人にとっていくらエイプリルフールだといっても嘘を吐くのは難しかったようだ。

 光莉はどうにか笑いを堪えながら、朝人に言った。

「朝人君、それも嘘だよね」

「う、うん」

「もう、エイプリルフールだからって頑張って嘘吐かなくていいんだよ」

「ま、まあそうなんだけど」

 こういうのは朝人よりも純也が得意だ。思わず思い出して笑ってしまった光莉に、朝人は不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」

「ううん、昔純也君にも嘘を吐かれたなって思って」

「純也が?」

「そうそう。「光莉宛のラブレター預かってきたぞ」なんて言って誰かのフリをして書いたラブレターをくれたり、「お前の分はないから!」って言って買ってきたケーキが私の好きなケーキばっかりだったり。可愛い嘘だよね」

「……ふーん」

「あ、朝人君!?」

 拗ねたような口調で言うと、朝人はベッドに腰掛けるようにして座り直したかと思うと、光莉を後ろから抱きしめるようにして頭の上に顎を乗せた。

「純也に愛されてるね」

「愛……そ、そんなんじゃないよ」

「そんなんじゃなかったとしても、ヤキモチ妬いちゃうからやめて……?」

 思っても見ない朝人の言葉に、慌てて頷くと光莉は後ろから抱きすくめられているこの状況に心臓がうるさく鳴り響くのを感じる。すぐそばにいる朝人にも聞こえているかもしれない。そう思うと恥ずかしさがより一層大きくなる。

「……光莉」

「は、はい」

「あの、さ。……光莉が高校を卒業したら、一緒に暮らさない?」

「え……」

 朝人の声が震えているのがわかる。これは。

「これも、エイプリルフール……?」

「こんなこと、嘘でなんて言わないよ」

「そ、そうだよね。え、えっと」

 まさかそんなことを言われると思っていなかった光莉は、さらにうるさくなった心臓の音にもはやまともに何かを考えることなんてできない。なんて返事をしたらいいのだろう。そんなことを考えていると、背後で朝人が笑う声が聞こえた。

「なんて、ね」

「え?」

「ビックリさせてごめん。高校入学もまだなのに、卒業後のことなんて考えられないよね」

 朝人の身体が光莉から離れていく。すぐそばにあったぬくもりがなくなり、寂しさが光莉を襲った。

「朝人君……!」

「でも、今言ったことは本気だよ。だから、三年かけて返事、考えといて」

 光莉の頭を優しく撫でると、朝人は部屋から出て行く。

 一人残された光莉は、思わず近くにあったクッションを抱きしめると、柔らかいそれに顔を埋めた。

「朝人君、ズルい」

 光莉の知らない間に、あんなふうに落ち着いた表情を見せるようになった朝人。昔はどちらかというと光莉が振り回していたはずなのに、今では――。

「ドキドキさせられっぱなしだよ……」

 ギュッと抱きしめたクッションからは、朝人の香りがして、まるでそこにいない朝人を抱きしめているようにさえ思えた。



 ワンルームの部屋を出て、キッチン横の廊下でドアを背もたれに朝人は座り込む。

「……っ」

 変じゃなかっただろうか。自然に言えていただろうか。何回も何回も、エイプリルフールにかこつけてさりげなく言おうと練習した言葉。

 純也の話をされたせいで、取り乱されたけどおそらく上手くいった、はずだ。

「三年後、か」

 ああは言ったものの、三年後にもう一度同じ言葉を告げるとき、自分たちの関係が大きく変わるだろうことは、朝人にもわかっていた。

 だから。

「三年後はもう少し、格好つけて言えるように頑張ろうな、俺」

 せめて、自分で言っておきながら、恥ずかしいぐらい赤くなることのないぐらいには。

 小さな決意を胸に秘めて、赤くなった顔を必死に冷ます。少しでも早く光莉の元へと戻れるように。

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嘘に、ほんの少しのホントを混ぜて 望月くらげ @kurage0827

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