第八話:戦士は肉弾戦がしたい
「よし! 勇者っち! 次はあーしの番ね!」
大階段の最上段。
王城へ続く門の前にして、戦士は石槌を担いで立っていた。
「あーしと勇者っちの仲だからさ。言葉での説得とか、そういうのはいらいないよね?」
「わかるよ。種目はどうする。剣でやるかい?」
「当然! レスリングだよ!」
言うが早いか、戦士は担いでいた石槌を投げ捨て、全速力で僕に向かってくる。
僕もまた聖剣を間合いの外へ放って、身一つで戦士に立ち向かう。
勢いのままに二人。タックルでぶつかり合い、四つになって組み合った。
「あは! 戦いの基本は格闘! 武器や装備に頼ってちゃダメだよね!」
「ぐぬぬ……」
楽しげで、余裕すら伺える戦士に比べて、僕は終始奥歯を噛みしめて必死に耐えている。
それでも裸足の足が石畳を滑って、パワー負けしてしまっている。
女性であるとはいえ、戦士は僕よりも身長が高く、腕や脚の太さも完全に僕を上回っている。日々の鍛錬もあるが、それ以上に『筋肉をつける才能』による差が大きすぎる。
防具をほとんど身に付けないまま敵陣に突っ込むスタイルも、並の防具よりも彼女の自身の筋肉の方がずっと強いからだ。むしろ。重い防具をつけてスピードが落ちるデメリットの方が問題だった。
そして万が一怪我をしてしまったとしても、戦士は自然治癒能力も並外れている。骨が折れても一晩で繋がってしまうほどだ。
これらの戦士の特異体質は、彼女が遠く東の地にあるアナトリアの生まれであることに起因している。らしい。
僕も戦士と一緒にそこに行ったことがある。
どこまでも濃い緑の広がる大樹海の中にある、小さな国だ。そこでは王国とは少々違った形で大地母神の信仰が残っており、民は自らこそを大地母神の末裔であると信じていた。
曰く。『女の神から生まれる勇者が、女以外であるはずもない』と。だからアナトリアでは、戦士になれるのは女性だけだった。
そして、そこで育った戦士も。当初は男である僕を『勇者』とは認めなかった。
「いや、ちょっとは認めてたよ。だって勇者っちのお尻。出会ったときは女の子みたいに丸かったもの! お顔も可愛かったし。男の人間だって聞いてビックリしたくらい!」
ぱしんと。組みつきながらも余裕で、僕のお尻を叩いてくる戦士。
「でもねえ。あーしよりお尻小さかったしね。腕も足も棒切れみたいに細かったし。そんなんで戦えるのかって、すっごく心配してたんだから」
「本当に。その説は心配かけたと思うよ……」
魔王軍の将軍の一人。百手巨人と戦い、敗北した時のことだ。
かの魔族の強烈なパワーに成すすべもなくやられて、撤退してしまった勇者
当初
「あーしは。強くなきゃダメだから。勇者っちを護ってあげなきゃダメだから。修業をし直そうと思って、樹海に行ったんだよね」
「里帰りにも付き合わされた形になったけど、女装までさせられるとは思わなかったよ……」
ぶっちゃけて言うと。百手巨人にやられたことよりも、樹海での修業の方が大変だった。滝に打たれたり、洞窟に潜ったし、断崖絶壁を登ったり、熊や虎と格闘したりもした。
戦士は当初。それを『勇者を護りながら』行うことを修業としていた。かつて自分が行った修業に、僕という『さらなる負荷』をかけて修業をし直そうとしていたのだ。
「弱い勇者っちを護りながら修業すれば、もっと強くなれると思ったんだー……だけど本当は、勇者っちの方があーしよりずっと強かった。弱くなっていたのは、あーしの方だった」
「……それは」
崖を登っていた時のことだ。
戦士は僕を背中に縛り付けてそれで登ろうとしていたが、僕はそれを断った。代わりに、互いにロープを結び付けて、交互に登ることを提案した。その方が、戦士にかかる負担が少ないと判断したからだ。
彼女の強靭さは十分に理解していたが、それでも無限ではない。それに、崖登りくらいの軽業なら僕もそれなりに得意だと。渋る彼女に理解してもらって登り始めた。
結果として。その判断は正解だった。嫌な方向で。
雨風で風化が進んでいたのか。運悪くも、戦士が掴んだ岩が崩れ、戦士が転落してしまった。幸いにもあらかじめ打ち込んでいた杭にロープが引っかかり、崖下まで落下することは防げたが。戦士は宙吊り状態になってしまった。
ロープを切って。戦士はそう言った。杭だって間に合わせのモノでしかなく、ロープが杭から外れたら今度は僕に全ての負担がかかる。そうなれば、二人とも落ちてしまうと。
けれど。もちろん。僕はロープを切らなかった。
なんとか戦士を励まして、崖に手がかりを見つけて、再び戦士を登らせたのだ。
「アナトリアの戦士はね。自分より強い男と赤ちゃんを作らなきゃいけないんだよ。強い戦士の血を残さなくちゃいけないから」
「僕は弱いよ。一人じゃ、何もできないんだから」
「あは! そんなことないよお! だってあーし! 勇者っちと組み合って、こんなにドキドキしてる!」
組み合ったまま、戦士が覆いかぶさるように、僕に体重をかけてくる。
身長も体重も、きっと戦士の方が上だ。だからこのまま、僕を圧し潰してしまおうとしているのだろう。
「もっと腹圧かけて! 体幹を保って! でないとあーしに圧し潰されちゃうよ! そしたらあーし、勇者っちに何をしちゃうかわからないから!」
「何を……ぐっ! する気で……!」
相手に組みつき、潰そうとしながらも、励ましている。
矛盾した言動に僕は、戦士に見えない所で苦笑する。彼女はいつだってシンプルで、自分のしたいことだけをして生きてきた。これからもきっと、そうなのだろう。
「勇者っちのお尻も、もう今じゃ男の人のお尻だね! いっぱい鍛えたよね!」
「……その、戦士も! いいお尻だと思ってるよ! 僕は!」
「そう? じゃあ乗っかってみたい?」
「……それは、別の話で!」
「だよね! 勇者っちが乗っかりたいお尻は、王女さまの……!」
がくん。と。
僕の体がついに、沈み込む。
いいや。違う。僕自身が膝を曲げて、腰を落とし、組みつく戦士の下に潜り込んだのだ。
左腕を戦士の首に回し、右手を伸ばし、腰の
そして僕は足腰と尻の筋肉を使い、戦士の体を逆さに持ち上げたのだ。
「戦士! 歯を食いしばって!」
そしてそのまま、持ち上げた戦士の体ごと、後方へ倒れ込む。
戦士はその体重と勢いのままに、石畳へ体を打ち付けられた。
「うげっ……っつ!」
思い切り背中を打ち付けられ、悶絶する戦士。
体を丸めて、手足をばたばた暴れさせている。
「さ、さすが勇者っち……! ついにマスターしたんだね……!」
この技は元々、戦士が僕と行った修業の末に編み出した技だ。
戦士はこの技を携えて再び百手巨人に挑み、一人で百手巨人を投げ飛ばし、倒してしまった。
実際この目で見ていたとしても、どうやってそんなコトが可能だったか全くわけがわからないのだけど、とにかくそうなった。
「いや……戦士、途中から自分から技にかかっていたよね?」
普通は。そんな風なことはできるわけがない。
戦士は僕が技をかける気配を察して、巧みに体重を移動させ、バランスをとっていた。そう言った補助がなければ、僕が自分より体格の大きい戦士を投げることなど不可能だ。
「んー。だって今日はあーしが
「戦士……」
彼女は。自分のしたいことしかしない。
その言葉には嘘も裏も無くて、心からそうしたいと思っているのだろう。そう、想ってくれたのだろう。
「けれど、誤解しないでね。あーしは勇者っちのこと、ちゃんと強いとわかってるんだから。冒険の途中で、勇者っちは何度も負けたけど……それでも、負ける度何度も、立ち上がってきたんだから。本当の強さっていうのはそういうことで、あーしも。勇者っちのそんな強さが好き」
「戦士……」
じわりと。僕の胸の中に熱いものがこみあげてくる。
僕は弱い。一人では何にもできない。
けれど彼女が認めてくれた。その言葉は、素直に受け取るべきだと。そう思った。きっと、そうしなければならない。
「あと
「戦士!」
流石にそこまでは見たくない。
僕は石畳から起き上がり、聖剣を回収し、城門をくぐった。
もう振り返る必要はない。
あとは、王女の元へ急ぐだけだ。
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