第七話:魔術師さんは再会したい

 かつかつとヒールを鳴らしながら、魔術師が大階段を降りてくる。

 僕もまた、階段を上って魔術師を迎える。


「神官もね。あの子もちょっとかわいそうね。確かに、勇者クンのことが好きだったのに」

「……僕だって彼女のことは好きだよ。妹のように大切に想ってる」


 嘘ではない。

 何事にも真っすぐで、一生懸命で。馬車も僕も両方を救えるほどの強さがあって。僕はそんな彼女が好きだったし、応援したいと思った。


「あたしに言うならギリOKだけど、本人に言うのはやめといた方がいいわよ。それ。そういうの区別して飲み込めるほど、あの子は大人じゃないんだから」

「じゃあ、なんて言えば良いのさ?」

「知らないわよ。そんなの」


 かつん。

 僕より八段上の段まで近づいた時点で、魔術師は接近をやめた。

 僕も。そこで足を止める。彼女を見上げる。


「ねえ。昔話をちょっとしない? あたしが。勇者クンと初めてあった時の話」

「……あの時も。僕と魔術師はここで向かい合っていたね。位置は逆だけど」


 あの時は、僕が階段の上で、魔術師は階段の下にいた。

 そして魔術師は、人形軍団を操る魔王軍の将軍だった。


「魔王は、王女の持つ『からの色の瞳』の力……未来視の力を求めていた。不死の力を持つ魔王が、未来視の力をも手に入れれば。宇宙を支配することも可能になる、と」

「……僕は冒険者の一人として城門の防衛に向かったけど、結局キミを止めることはできなかった」


 王都中の魔法人形が一斉に暴走し、街全体が混乱状態に陥っていた。それこそ、魔王側のスパイとして暗躍した魔術師の最初の仕事だった。

 結果として魔術師は王女のいる後宮まで到達することはできたが、肝心の王女は既に姿を消していた。未来視の能力により間一髪、王女は難を逃れていたのである。


 それからは、王女の行方を巡って、僕ら冒険者と魔王軍の壮大なチェイスが始まった。

 どちらが先に王女に追いつき、確保できるかの戦い。僕ら勇者パーティと、魔術師の人形軍団は道中で何度も衝突し、しのぎを削り合った。


 だがそんな激しい戦いの中で、僕は魔術師の過去を知った。


「キミは。灰色病に侵された弟を救うため、魔王軍に協力していた。病の進行を止めるために魔王の力の一部を貰い、弟の時間を止めていたんだ。そして魔王軍に味方をすれば、いずれは弟の病を完全に治せるという言葉を信じて……」

「さあ? 本当に信じていたかどうかは自分でもちょっとよくわらないわあ……でも、人間の知るどんな治癒術でも灰色病は治せなかったから……アテになるとしたら魔族だけだったのよ」


 魔術師の弟については、僕は直接目にしたことはない。

 そう。結論から言ってしまえば、魔術師の弟は助からなかった。魔族ですら、灰色病の治療法は持っていなかったのだ。

 というより、むしろ。


「魔王の持つ不死の力こそ、灰色病の原因だった。魔王の不死の力は、他の存在から生命の力を奪うもの。本当はみんな知っていたのよ。今になっては、笑っちゃう話だけどね」

「魔術師。キミは……」


 自嘲するように、魔術師は笑う。

 弟がもう戻ってこないという真実を知った時、魔術師の心は完全に折れてしまった。自分がやってきたこと、強いてきた犠牲が、何の意味も無いと知ってしまったから。

 それでも。僕は。魔術師を助けた。


「勇者クンは。あたしを殺さなかった。裏切り者だし。敵だったのにね。あたしを仲間にしたり、人間の社会に戻すのは大変だったでしょうに」

「キミ自身の苦しみに比べれば、どうってことないよ」

「その甘さが。いつか命取りになると言ってたのに……」


 背後に気配。

 聖剣が自動的に反応し、僕の手を離れ、背後へ回る。

 その鞘に襲い来る斬撃。飛び散る火花。


「……『魔剣士』の人形!」


 僕は遅れて振り向いて、襲撃者に身構える。

 上等なマントを羽織り、羽根帽子と乗馬用ブーツを身に着けた剣士の人形。右手にレイピア、左手にソードブレイカ―を携えている。

 それ以上のカラクリはない。魔術師が他に作る戦闘用人形は、腕を六つ持っていたり、車輪や鋸を備えているものだった。けれどもこの『魔剣士』に関しては、実に『人間的』に造られている。

 

「あたしは神官のように優しくないからさ。力づくで制圧しちゃってもいいかなって」

「発想が物騒過ぎないかな!? 話し合いだと思ったんだけど!?」

「んー。でも勇者クン。心は確かに王女様にあげるつもりらしいけど……童貞に関しては誰でも良いわけじゃない?」

「それは、その……事情があった! 事情が!」

「うんうん。事情は飲むし、言い訳も与えてあげる。『魔術師の操る人形に勝てなくて、無理矢理ヤらされました』って」


 言いながらも、魔剣士人形は鋭く突きを放つ。

 聖剣は僕の回りを滞空しながら、その突きが僕に届かないよう的確に撃ち落とし、受け流す。

 その防御は完璧だ。けれども同時に、このままでは防戦一方で、反撃する暇がない。


 かたかた。と。聖剣が鞘を鳴らしている。

 僕が抜剣を命じれば剣は応え、すぐにその刃を現すだろう。そうすれば、この魔剣士でも一瞬で制圧できる。けれどもこの距離と状況では、魔術師も攻撃に巻き込んでしまう。

 一度剣を抜いてしまえば、魔術師が傷つかずに済むような加減はできない。


「もう一ついいコト教えてあげる。あたしおっぱい大きいからさ。挟めるんだよね。いや。どちらかというと勇者クンのサイズだと埋もれちゃうかな? いろいろ練習したし、褒めてもらえたからさ。たぶん気持ち良いと思うんだよね」

「正直それはちょっと興味あるけど、単なる興味のままにしておきたい!」

「んー。まだ若干余裕があるかな? 『魔剣士』。ギアをもう一段上げなさい」


 魔術師が指示を出すと、『魔剣士』はさらなるスピードで僕に剣を撃ち込む。人形に組み込まれた技能スキルは、人間の剣士が用いる技能スキルと全く同じものだ。

 しかも、魔術師自身が技能スキルに独自の味付けを行っているため、同程度の剣術技能スキルを持っていたとしても、攻撃を裁き続けるのは困難だ。

 そうでなくても、長期戦になれば体力の限界があるこちらの方が不利になる。

 

「まだ頑張るの? 偉いね。ふふ……やっぱり勇者クンって私の弟に似てる。顔とか性格とか、声とか喋り方は全然違うけど……そういう、優しい所と、諦めが悪い所はそっくり」

「魔術師……キミは!」

「初めて会ったときは、イライラしたなあ……でも、今はムラムラするんだよねえ……」


 背中から、魔術師の声が届いてる。

 僕の体にまとわりついてくる。


「魂って。いずれは巡って戻ってくるんでしょ? 死んだ人も生まれ変わって、いつか再び会えるんでしょ? だったら。だったら。私が勇者クンの子供を生んだら……」


 それ以上言わせてはいけない。

 僕は振り返り、魔術師に向かって駆けだした。

 聖剣を抜かずに魔剣士を倒すことはできない。だが、理力の供給元である魔術師を制圧すれば、魔剣士も停止するハズだ。


「もう我慢できなくなった? いいよ。『抱っこ』してあげる」


 すると。魔術師は両腕を拡げて。

 その『体』を、開いた。

 比喩ではない。突如魔術師のドレスが破れて、中に仕込まれていたベルトや手錠やマンキャッチャーなどのあらゆる拘束具が、魔術師の体から飛び出してきたのだ。


 これまで話していた魔術師も、人形だった。

 捕縛用に造られた、擬態人形。


「やはり、そうだった!」


 だから僕は、既に聖剣を別の方向へ飛ばしていた。

 狙った先は、通路を塞ぎ、冒険者の集団が大階段へ向かうのを足止めしていたマネキンの群れ。

 そのマネキンの中の一つに、聖剣を鞘ごと突っ込ませたのだ。


「……残念、気付いていたの」


 頭部を破壊されたマネキン。

 そのすぐ隣に、マネキンのふりをした『本物』の魔術師がいた。とんがり帽子もかぶっていないし、杖も持っていないが、彼女は間違いなく生きている人間で、僕の知る魔術師だ。

 大玉にして転がされたマネキン。しかし、使い捨てにするにはそのマネキンは丁寧に作られ過ぎていた。市民の服を着た魔術師が中に紛れていても、気付けない程度に。


「それに。香水とかで誤魔化していたけど、偽物の魔術師には汗の匂いとかが無かったからね」

「あたしの匂い知ってるの? やだキモい……」

「そうだよ。僕はキモい勇者だから。キミの弟じゃない」


 階段の上から、僕は魔術師に告げる。


「代わりを探そうとしないで。偽物で慰めようとしないで。本物を作ろうよ。きっと魔術師なら、できるよ」

「……わかった。じゃあ、今夜はそういうことにしといてあげる」


 それだけ言い残して、魔術師は人形の群れの中で目を閉じ、眠り始めた。

 高精度の人形を二体同時に制御していたのだ。理力の消費が激しかったのだろう。


 そして僕は、最後に残った一人を見上げる。

 戦士は、大階段の最上段。城門の前で僕をただ、待っていた。

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