第六話:神官ちゃんは繋ぎたい
突如塞がれた三つの道。
それは僕を追っていた魔族や冒険者や騎士たちの道であり、僕自身の退路でもある。
今や、僕には進む以外の選択肢が無くなった。その進むべき先である大階段の上には、三人の人影があった。
「ずいぶん大変な状況に巻き込まれているようじゃない。手伝ってあげようか? 勇者クン?」
一人は、とんがり帽子を頭にかぶり、古めかしいドレスを纏った女性。
勇者
勇者
「ゆ、勇者様! やはりこちらにいらっしゃったのですね? お怪我はありませんか?」
一人は、
勇者
勇者
「つーか勇者っち全裸じゃん! 意外とイイ体してたんだねー! ウケるー!」
一人は、褐色の肌に赤い戦装束を『巻きつけた』女性。
勇者
勇者
「やあ……三人とも。元気だった?」
とりあえず僕は片手を上げて、挨拶する。
できるだけ。刺激しないよう。穏便に。
嫌な予感がしていた。
「ええ。あたし達はみんな元気。バリバリよ。勇者クンも今夜はずいぶん元気そうね?」
魔術師が、胸元から『知恵の実』を引っ張り出す。てのひらより少し大きいサイズの石板。その黒曜石のような表面をなぞって操作して、一つの
三人で囲んで、それを覗きこむ。
「ふむふむ。『勇者。風呂屋から全裸で逃走』ね。性質の悪いゴシップだわ」
「でもでも。実際こうして勇者様はここにいらっしゃるので……」
「じゃあお風呂に行ったって話も、本当なんだろうねー……」
ちらり。
大階段の上から、三人分の視線が僕に突き刺さる。
僕の躰に、刺さる。
「これは勇者クンに直接『お話』してもらうしかないね?」
「三人一緒に来たら、勇者様は困ってしまうのでは?」
「じゃあ順番に行こうか。勇者っちが千切れたり、もげたりしたら大変だしね」
というわけで。
それからもしばらく三人であーだこーだ議論を回して。
「じゃ。最初は神官ちゃんからお願いね」
「はい! がんばります!」
「あーしの分も残しておいてねー」
よくわからないが。結論として。
神官だけが一人。大階段をたったと降りて、僕に向かって駆け寄ってきた。
そのまま。僕の足元に跪く。
「勇者様!」
祈るように手を組んで、僕を見上げて、見つめてくる。
「勇者様をお助けすることが、わたくしの使命。勇者様が傷つき倒れた時は、この糸と針で傷を縫い合わせ、管を繋げて参りました……」
神官の組んだ指の隙間から、銀色の糸が垂れてくる。
彼女の
あらゆるものに刺さる針と、限りなく細い糸を生成して操る
彼女に縫い合わせられないモノはこの世に無く、固い岩や水の流れすらも縫い合わせることができたのだ。
僕自身。そんな彼女によって何度も命を救われていた。他の治癒術師がさじを投げるような重傷であっても彼女は決して諦めず、むしろ元より強い状態で治してくれていた。
「ああ! ああ! けれど私としたことが! 勇者様が『真に繋ぎたがっていた管』を繋ぐことを忘れていただなんて!」
神官は瞳に涙を浮かべて、僕に懺悔する。
「お許しください勇者様! そして今一度慈悲をいただけるのなら……もう一度! もう一度、あなたの『管』を繋ぐ機会を、わたくしにお与えください……!」
「……い、いや、なんというか、その」
言ってること自体は何も変じゃない。
神官は。彼女は。困っている人がいたら必ず助けに行く。繋ぐべき管があるなら吻合する。それが彼女の役割であり、使命であり、信仰だからだ。
繋ぐことが大事。繋がっていないものが許せない。
僕の千切れた血管や骨を繋ぎ合わせる時も、決して僕から目を逸らすことなく、一心に処置をしてくれていた。
そんな彼女は。僕が『風呂屋』へ行き『そのような行為』を求めていると知って。『使命感』が燃え上がってしまったのだろう。それはもう、ひどく熱く。
「気にすることはありません。これこそわたくしの枠割。勇者様が、王女殿下をお慕いしていることは存じております。けれども、それで勇者様の『管』を王女殿下へ繋ぐお手伝いができるというなら。遠慮なくわたくしをお使いください!」
どうしよう。
もちろん。『管』を繋げるかどうかを悩んでいるわけではない。どうやって彼女を断ればいいかを悩んでいる。初めての経験だったし、どうやれば相手を傷つけずに済むかという話にもなる。
神官は、良い子だ。傷つけたくない。
「ああ、勇者様……お辛そうですね……こんなに腫れ上がって……お腹につきそうなほど沿り反って……」
「ちょいちょいちょい! 待って! 触っちゃダメだから! ちょっとおとなしくして! いい子だから!」
なんだかんだでいろいろ刺激の強い出来事が多すぎた。
心拍数も高いまま降りてこないし、自分自身でもよくわからないテンションに入りつつある。
だからまあ、実際隠しようがないことになっている。悲しいことに。
早く打開策を見つけなければ、この場で押し倒されてしまいかねない。
どうすれば。どうすればいい。
いいや。 あるいは。そうか。
「……神官。良く聞いて欲しい」
僕は跪く彼女の肩に手を置いて、視線の高さを合わせた。
「結論から言うと。やっぱそういうのは違うと思う。キミは何もしなくていい」
「なぜ。でしょうか? わたくしは
違うよ。
僕は神官の目をまっすぐ見つめる。その奥でかすかに灯る、小さな小さな光を。
「ゴブリンキングと対決した時のこと、覚えてる? 水道橋のことだ」
「……! 覚えて、おります……」
魔王軍の大将軍。ゴブリンキング。
低級魔族であるゴブリンを指揮する能力を持った魔族であり、その戦闘能力も通常のゴブリンを遥かに上回っていた。だがそれ以上に、彼の操る機械兵器と、何よりも卑怯な手段を平然と用いる知略と邪悪さに僕らは大いに苦しめられた。
ついには、ゴブリンキングは僕を罠にはめ、大峡谷を渡る水道橋に僕をロープで吊るしてしまった。
それだけではない。さらにゴブリンキングは、峡谷を渡ろうとしていた貴族の馬車をもロープで縛り、中の乗客ごと宙づりにしてしまったのだ。
神官がその場についた時は、状況は完全に決まってしまっていて。
ゴブリンキングは、容赦なく両方のロープを切り離した。
勇者か。馬車か。神官はどちらかを選ぶことを強要された。
「馬車に乗っていた五人の貴族と、勇者様。キミの言う『使命』というものがあるのなら、キミは勇者である僕こそを救うべきだった」
「けど……あの時勇者様は……」
「そうだね。僕はこう言った『大丈夫だ! キミならできる!』と……」
神官は。選ばなかった。
落ちていく馬車と勇者。その両方へ糸を伸ばし、巻きつけ、捉えた。さらに水道橋へも糸を幾重にも巻きつけ、自身の落下も防いだのだ。
彼女は命を選ぶことなく、全てを救って見せたのだ。
「あれは、無謀でした……実際あの後は宙づりになったままゴブリンキングの機械兵器と戦わなければならなかったですし……騎士様が間に合わなければ、全員谷底へ落とされていました……」
「でも神官が勇気を出してくれたおかげで、僕も皆も救われた。キミは、正しいことをしたんだよ」
「……使命に反した、安易で未熟な判断です」
うつむく神官に対し、僕は首を振る。
「キミがキミでいたから。皆が助かったんだ。
「勇者様……っ!」
だから。と、続けようとしたところで。
突如。神官は自身の体のあちこちから糸を噴き出させる。それらは勇者である僕を絡めとる……ことはなく、神官自身にぐるぐる巻きつき、彼女を拘束してしまった。
「……え? どうしたの、神官?」
「だ、だって、わたくし、恥ずかしくて……!」
スマキ状態になったまま、ばったばった跳ねて暴れる神官。
「勇者様の『管』を繋ぐのは使命なのに! わたくし、それを『嬉しい』と思ってしまっていました! 『嬉しい』から勇者様と繋がりたいだなんて! なんてふしだらな! ああ! あああああ!!」
どったんどったん! ばったんばったん!
その暴れようはどんどん激しくなり、ついには階段を踏み外し、神官はいずこかへ転がって行ってしまった。
「……何。何なの? 怖いよお……」
去り際になんか『えのころめしにして食べてくださいー!』とかも言ってた気がするけど、僕にはもうどうしようもなさそうなのでそっとしておくしかない。
とりあえず。神官は逃げだしたようだ。
「じゃ。次はアタシの番ね。勇者クン」
そして今度は、魔術師が階段を降りてきた。
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