第二話:怖いお店ではありません。本当です。
異常にはすぐに気が付いた。
端的に言って、謀られたのである。
勇者たる僕は騎士に連れられ、夜の街へ繰り出す。
場所が王都の、夜でも賑わいの絶えない歓楽街なのは良い。だがその裏通りの、そのまた奥に入り組んだ路地の奥となると、だんだんと胡散臭い店が増えてくる。
赤に青に紫に。夜に映える
だが、街に賑わいが戻ること自体は良いことだ。
魔族との戦争が終結に向かい、国内の情勢も安定が見えてきた。酒場とか劇場とか、『胡散臭いお店』が増えるのも、経済的な安定と見なせばそう悪いばかりの話でもない。
問題は、そんな場所に『お風呂屋さん』などがあるのかという話なのだけど。
「ご予約されていた騎士様と勇者様ですね! お部屋へご案内いたします!」
騎士に連れられ辿り着いたのは、看板も出ていない真っ黒な扉のお店だった。
扉を開けるなり女の子に迎えられ、状況が飲み込めないまま騎士と離れ離れになり、一人の女の子に案内され、あっという間に個室へ連れ込まれてしまった。
何か話が違う。
そう思ったときには既に、僕は女の子に服を脱がされてしまい、剣も取り上げられてしまった。
とはいえ。『お風呂』があるのは本当だった。清潔な湯舟と、あたたかいお湯の出るシャワーがちゃんと備え付けられている。壁にかけられた鏡すらも曇りが無くピカピカに磨かれていて、よく掃除が行き届いている。
洗い場に置かれた椅子が。何故か中央の部分が凹んだやたら座りにくそうな変な椅子だったけど……そこに疑問を挟む余裕はなかった。
何故なら。
「ご指名ありがとうございます。本日は精一杯ご奉仕させていただきますね」
やたら丈の短い。ほとんど脚の付け根まで見えそうなワンピースの下着……いや、この場合は湯衣と言うべきか? ともかく。薄着の女の子が、目の前で三つ指ついて僕に挨拶しているのだから。
「えっと……僕……お風呂に入りに来ただけなんですけど……」
何とか。それだけ。からからになった喉に引っかかりながらも、搾り出す。
上手く伝わったかわからない。
というか。こういう時。どういう風に言えば事情を察してもらえるのだろうか? これまでの冒険で窮地に陥ったことは何度もあるけど、こんな状況に適した行動は全く見当がつかない。
「緊張なさらなくて大丈夫ですよー。まずはお背中から流しますから、楽にしていてくださいね」
案の定というか。なんというか。
女の子は曖昧に笑いながら、僕の背中へと回り込む。
両手を使って石鹸を泡立てて、僕の背中に触れる。
「ふえっ……!」
「あ、ごめんなさい。手、冷たかったでしょうか?」
「い、いえ。大丈夫です……」
大丈夫ではない。
そうだ。女の子だ。やわらかい手だ。指だ。
「勇者様は。お背中が綺麗でいらっしゃるのですね。やはり勇者様は勇敢で、敵に背を向けたことなどないのでしょう?」
背中越しに、女の子が僕に語り掛けてくる。
何をされているのか。状況は全く理解できないが、言葉だけはなんとか伝わる。背中をなぞる感覚に眩暈すら覚えながらも、僕は必死に応える。
「それは……僕が戦う時は、いつも仲間が背中を守ってくれていたから……」
勇敢だなんて。とんでもない。
僕ほど臆病な人間はいないし、僕は一人では何もできない。
魔王を倒し人類を救った救世主と言われても、それは決して僕一人の成果などではない。そこに至るまで何人もの努力と想いがあって。僕は結果としてそれを受け継いだに過ぎない。
そもそも本当に僕が勇敢であったのなら、こんな状況でうろたえたりはしないはずだろう。
僕は結局、『勇者』としては至らぬ部分ばかりだ。
「すごい。謙虚でいらっしゃるのですね。あ、前の方も失礼しますね」
前とは?
考えるよりも早くに、背中にやわらかい感触が押し付けられる。
背中に触れていたハズの手が、僕の胸やお腹に回り込んでくる。
そうだ。背中から腕を回されて、抱き締められているような形だ。
「勇者様のお体。あたたかいですね……」
囁くような声で。しかしより耳元に近くに。声が聞こえる。吐息すらも耳にかかりそうな距離だ。
ほとんど僕に密着した状態で、女の子の手が僕の胸やお腹をまさぐっている。
違う。違う。洗ってくれているだけだ。良く泡立てた白い泡を、胸やお腹にも塗りたくり、マッサージしてくれている。その、そうであるハズだ。
「お胸もぶ厚いし、腹筋も割れてますね。よく鍛えていらっしゃる……」
「それは、戦士が……そういうの……すごくこだわってたから」
元より。僕は細身だった方だ。その辺りを戦士に指摘され、しばらく彼女と共に樹海で修業をしたこともある。厳しい修業だったが、おかげで僕もそれなりに屈強な身体を手に入れることができた。
お世辞であっても、そういう評価を貰えるのは嬉しい。かもしれない。
「で、でも前は自分で洗えるし、そこまでしてもらわなくても……っ!」
ぴん。と。
女の子の指が、僕の胸を悪戯っぽく弾いた。
「安心してください。入浴料だけでなく、サービス料もすでにいただいておりますので」
「さ、サービス? なんの……?」
「さて。どんなサービスにいたしましょう? 勇者様は、どんな風にされるのがお好きですか?」
「ぼ、僕は……あ……」
くるくる。くるくると。女の子は僕の胸をまさぐり続ける。
もう片方の手はヘソや脇腹の辺りをくすぐったり、内ももをなぞったりしてくる。
違う。マッサージしてるだけだって。
けれども、しかし。これは。これ以上は。
「勇者様。かっこいいです」
「な、何を? 今? どこに?」
「たくましくて、ふとくて、はちきれそうになってますね……」
「だから!? 何が!? 何の話!?」
勇者であるところの僕は。正直言うと鈍い人間である。
しかしそれでも。この状況は。この状況でも何の『反応』もしないままではいられない。当然それは、この場では隠しようもない事実だ。
僕は必死に、女の子の名前を思い出そうとしていた。最初に会う時に自己紹介していたハズなのに、名前が、全く思い出せない。
けれど。なんとなく『指名』という言葉が出ていたのは覚えている。きっと騎士の差し金だ。僕にとって『似合いそうな子』を、あらかじめ選んでおいて、それから『予約』をしていたのだろう。
最初から。僕をここに来させるつもりで。
「次は、どこを洗って欲しいですか? 勇者様」
喉が乾く。喉が張り付く。喉が焼け付く。
ハメられた。謀られた。もうこれは完全に、してやられたことだ。
故に。そうであれば……これは『やむを得ない事態』ではないだろうか?
たまたまそこにお風呂があって。たまたま女の子が身体を洗うのを手伝ってくれて。そしてたまたま。何か不思議なアクシデントが起こることくらい……有り得るのではないのか?
どくどくと、体の真ん中に血液が集まっている。
僕はしきりにまばたきを繰り返す。呼吸が荒くなる。なのに思考がぼやけて、肌色に塗り替わっていく。
そして思い出す。王女のドレスの紫色を。
東国の衣装を取り入れた、色鮮やかなドレスと、それに映える墨色の髪。
僕を見つめてくる『
「……!」
僕ははっと手を伸ばし、シャワーの蛇口を捻った。
そうして、勢いよく吹き出た冷水を。頭から全身に浴びる。ひっかぶる。
背後では女の子が小さく悲鳴をあげて、冷水のシャワーから逃れるため僕から離れた。
「すみません。もう帰ります……」
すっかり体にまとわりついた泡と熱を落とした僕は、女の子に振り返り、無礼を謝罪しようとする。
そう、思ったところで、はたと気付いた。
壁にかけられた、銀の鏡。それはピカピカに磨かれていて、僕の体は問題なくハッキリと映っている。
そして。僕の背後にいる、女の子も。
彼女の頭に映えた角とか、お尻から伸びる尻尾についても。
「あら? バレちゃいました? 残念。優しくしてあげるつもりだったのに……これだから童貞はうまくないのよね……」
僕が振り返ると、そこには。
【擬態】の魔法を解いて真の姿を現した
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