蜘蛛の糸

角伴飛龍

蜘蛛の糸

 神30321は第2宇宙5番銀河団での任務を終え、惑星も銀河も存在しない北ローカル・スーパーヴォイド(超空洞)を経由して6番銀河団へと向かっていた。

 神30321は嘆いていた。あの時欲を出さなければ、こんな退屈な思いをすることも無かったろう、と。


 およそ数十億年前。意識を量子媒体に移し、量子もつれによる瞬間移動により全宇宙の監視が可能になったことで純然たる宇宙の支配者となった神種族は、同時に種族としての存在意義を見失っていた。

 なすべきことは何もなく、そして生きることに飽いていた。そして、これからどうやって生きようかと悩んだ神種族が出した結論は、新たな宇宙の監視者としての人生を歩み出すことだった。


 彼らは宇宙の外側、「無」に一粒の素粒子を打ち出した。すると素粒子は急激な反応を起こし、膨張した。こうして第2宇宙が作られた。

 彼らは文明が誕生するのを待った。それは彼らにとって途方もなく、かつ待ちきれない時間であった。数十億年ぶりに体験する新たな夜明け。久々の感覚を、今すぐにでも味わいたいと急いていた。

 だが神種族が数十億年経って、ウキウキと第2宇宙へ侵入した途端、予想外の現実が神種族に叩きつけられた。

 

 先遣隊となった神1が、第2宇宙に侵入した途端に信号を喪失した。というのも、第2宇宙の物理法則が神種族の支配する第1宇宙と異なるものだったために、量子がエラーを起こし、それにより神1の意識も次元の彼方に消え去ってしまったからだった。神1は、こうして生涯を閉じた。

 神種族は第2宇宙の監視のために、一度量子に移動させた意識を第2宇宙の物質に移し替える必要に迫られた。これにより、神種族が予定していた監視開始時間は大分先送りとなってしまった。


 物理法則の相違により、神種族は第2宇宙での移動に退廃的な「宇宙船」を使わなければならなくなった。何故なら、宇宙における特定座標への瞬間移動にはどうしても量子への意識移動が必要であり、だがそれには、量子を3次元に低次元展開する必要があった。第2宇宙においてその技術を理解するには、例え第1宇宙の支配者たる神種族の力を持ってしても数億年はかかる。

 その為神は止むを得ず、現時点で理解できる全ての第2宇宙の物理法則を用いて意識移動が可能な空間曲折宇宙船を作った。これを使えば、低次元における「歪み」を利用して、光速よりは早い速度を実現できる。だが量子もつれによる瞬間移動に慣れきった彼らにとって、瞬間移動と高速移動は天と地ほどの差があった。しかしながら彼らは、新たな宇宙を作り出してしまった責任を負うため、ロケットではなくロバを使ってこの途轍もなく広大な宇宙を監視しなくてはならなくなったのであった。


 神30321は数千万年かけ、ようやく北ローカル・スーパーヴォイドを抜けて6番銀河団に到着した。本当に退屈な旅だった。いくら仕方ないとはいえこんな仕打ちは耐え難かった。全く何の為に宇宙を作ったのか。とめどなく怒りが湧き出ていた。


 結局5番銀河団はろくな文明がいなかった。

 一つは、腕も胴体も足も配線のように細くて、それでいて頭が平べったく大きい。しかし後々、数百万年の歳月を経て、結局下の部分はいらなくなり、まるで皿のように地面に這いつくばり、細かい足でコソコソ歩き回る文明に進化した。本当に滑稽な進化だった。僕はなんのために1千万年も滞在したのかわからなくなった。

 また、細く棒のような生物と試験管のように空洞のある生物が混在した文明もいた。最初は何かわからなかったが、しばらくして棒の方が試験官の方の中に侵入する様子が見られるようになった。そしてしばらくすると、試験管の頂点から棒と試験管一つずつが出てきて、、、、、、。後にこの光景は、交尾であると分かった。一年ほど笑い転げた。あまりにも滑稽な繁殖方法だと思ったからだ。我々神は、意識だけの生命体であり体を持たない。故に不死身であり、繁殖の必要がない。それだけに、こういう独特な生殖行動は可笑しく感じた。

 だが年月が過ぎ、冷静になって改めてその光景を見ているうちに、笑いが怒りに変わった。もう飽きてしまった。あまりにもばかばかしい文明だ。そして僕は反物質爆弾を惑星に投下した。惑星表面は爆弾による地殻変動で一気に熱地獄と化し、棒と試験管は体を溶かしながら悶えた。僕は何も感じなかった。不愉快なものを消した。それで何か言われる筋合いはない。仮に言われたとしても、当時5番銀河団にいる神種族は僕だけであり、どうせ未来永劫、誰も気づくことはない。


 6番銀河団に到着して数百万年、ようやく新文明を発見した。その文明は今だ発展途上であり、ようやく村落らしきものを形成しつつあった。だが僕は、今までの文明とは違い、この文明にようやく希望を見出していた。

 特にフォルム。腕、胴体、足に一定の太さがあり、それに見合う大きさの頭部が備わっていて、バランスよくまとまっている。とても完成されている。今まで散々期待を裏切られてきた僕は、今回ばかりは期待を抱いた。         


 それからというもの、僕は彼らの進化に度肝を抜かれていた。彼らはわずか数千年で惑星全土を開拓し、宇宙に進出し、環境問題を解決していた。幾度かの世界大戦が起きたものの、これは驚くべきことだった。5番銀河団では数千万年経っても宇宙にすら進出できない文明がいくつもあったというのに、彼らは素晴らしい知性を持っていた。

 僕は本部にこの文明に対する長期監視許可を申請した。少なくとも一億年は滞在しようと思った。神種族の宇宙監視本部は現在南ローカル・スーパーヴォイドの中心にあり、この6番銀河団から3億光年は離れている。現在わかっている物理法則を全力で使った交信方法でも通信に数百万年はかかるが、この未来ある文明の行く末を見ることができるなら、それも全て耐えてやれる気がした。


 およそ一千万年が経過した。申請が許可され、しかも本部は僕の思っていた滞在期間の3倍、3億年の滞在許可をおろしてくれた。そしてその間にも、彼らの文明は大発展を遂げていた。

 3つの惑星のテラフォーミングに成功し、30を越すスペースコロニーが出来上がり、ダイソン球によってエネルギー問題すらも解決されていた。だがこの目まぐるしい進化に、同時に僕は複雑な気持ちを覚えていた。

 僕は、結局この文明とは袂を分つことにした。というのも1千万年のうちに僕が経験したことが発端であった。


 僕は彼らを間近で見ていた。彼らはあらゆる美で埋め尽くされていた。「文明」という名の美で。我々神種族が求めていたものはまさにこれであった。(第1宇宙にいる)先代たちよ、あなた方の目標は達成されました。これがきっと第2宇宙の支配者となり、我々はその監視者として君臨するだろう。

 そんなことを思っていると、ふと彼らの惑星の大陸の1区画で暴動が起きているのを見つけた。僕は彼らを覗いた。すると、何やら坑道場において複数の管理者が多数の労働者と抗争しているようだった。だがすぐさま労働者側は鎮圧され、元の劣悪な労働場に戻っていた。

 これはプロレタリアであった。抑圧からの解放を願う人々が群れている。僕は美しさを感じていた。決して醜い価値観などではなく、一つの緻密な文明としてのあり方を見た。棒と試験管が交尾する姿や、ヒョロヒョロした生物が頭だけに進化していくような滑稽な姿より、よっぽど美的で繊細な世界だと思った。そしてその感動のあまり、僕は彼らに対して哀れみの感情を抱いていた。助けたくなったのである。だが彼らに干渉することは、監視者としての掟に反する。だが幸いなことに、6番銀河団に僕以外の神種族はいない。誰も僕を止めることはできなかった。

 僕はさらに地上に接近した。だが接近と言っても、決して彼らから僕を観測することはできない軌道である。僕はそこから、彼らの作業場に一筋の光を垂らした。この光は軌道エレベーターで、あそこの労働者全員程度なら容易く収容できる。輸送には数日かかるが、それでも僕は、あの時は、僕自身の羨望に抗えなかった。


 ダタ・カンは、坑道に舞い散る粉塵の中を作業服で進んでいた。俺には女房も居ればガキもいる。しかし毎日安い給料で暮らしている。だがこの職以外に道はない。俺の人生は、ガキの人生のために捨ててやるんだ。

 その時、作業場の誰もが上空を見上げた。白い1本の物体が垂れ下がってくる。カンはしばらく傍観していた。こんなもの見たこともないのだ。作業員全員がそう感じていた。物体の先端が地上に接着すると、先端に入り口が開いた。カンはだんだん感づいていた。天から降りた入り口、ならばさぞかし素敵なところに連れて行ってくれるのだろう。カンは決してまともな教育をうけてこなかった。故にそうした楽観的な思考に辿り着いた。それは他の労働者も同様だった。多くの労働者が物体に流れ込んだ。そしてカンの思った「救ってくれる」という先入観は、噂として多くの人間に伝播した。そしてその噂は止まるところを知らず、遂に物体には多くの人間が殺到した。


 僕は宇宙船内で警報が鳴ったことで全てを悟った。所詮彼らも、欲望に逆らえない人々であった。僕は急に落胆してしまった。そして間も無く、宇宙エレベーターは容量限界を迎えた。僕はこれ以上は宇宙船にも影響があると判断し、迷わずエレベーターケーブルを投下した。彼らは真っ逆さまに地上に落ちていった。そしてしばらくして、地上に巨大な爆発が発生した。一体何人死んだのだろう。だが僕はすでに、彼らへの興味を失っていた。彼らも、宇宙の支配者たることはできないだろう。そう思った。


 かくして、神30321は宇宙船の制御装置を動かし、一路別星系へと向かった。今度こそは、今度こそは……と、神30321は心の底から、次は目に叶った文明であってほしいと願った。


 ー終ー

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