第2話 地下の図書迷宮

準備を終え、ユーラとアニアは、王城の最深部とされている通称「本の死海」と呼ばれる図書館に向かった。この図書館はこの国が誕生した1000年前後の歴史的書物を中心に収められている。比較的新しい文献は別途使いやすい王城の部屋に収納されているので、この図書館を使うものは滅多にいやほぼいない。

「しかしまさかあっさり休暇が認められるなんてな」

「父さんも電子機器類には疎いけど、そこまで頭が固いわけじゃなくて安心したよ」

 2人は突然公務を切り上げユーラの父である国王に城の内線にて、休暇の可否を確認したところ、少々言い争いになる覚悟もしていたがあっさりと認められた。昨日のパーティーに参加させた罪悪感や城内の浮ついた様子を見ていると今日は仕事にならないだろうと判断したらしい。その代わり明日からはしっかり仕事をするようにと鼓舞をされた。ユーラは休暇が認められて以降の話はちゃんと聞かずに俺の目のお前で電話が終わるまで変顔を繰り返していたが…

 

ひたすら俺達は階段をくだっていた。王城は定期的に改修メンテナンスが入っているので所謂歴史的文化財として保存や公開が求められているような諸外国の城とは異なりエレベータやエスカレーターがついている。できた当時の姿をしているわけではない。しかし、地下3階から図書館のある地下6階まではエレベータ等はついていない。開通を試みたがどうしても各階層にある何かしらの文化財を傷つけることになってしまうらしい。地上階によりも地下のほうが価値のある城なのかもしれない。

「なあ、なんで地下階段って長いんだ?明らかに王城を登るときの階段より降るときの階段のほうが長いんだが」

「そうだな。不思議だ。きっと王城が建てられたときに何か意図してそうしたのだろうが」

 俺たちは靴の音を響かせながら時折話をしながら徐々に下っていく。しかし言われてみれば、どうして地下に進むこの階段は長いのだろうか。そもそも地下の話を今日ここに来るまで全く意識をしていなかった。もちろん周りの人間も意識していなかった。忘れていたというほうが正しいかもしれない。なぜこんな謎だらけの空間なのに…


 そう感じている間に

「ついたな」

 ユーラが軽く汗を拭いそういうと目の前には大きな扉が広がっていた。

「久しぶりに見たけが…圧巻の貫禄だな」

まるでファンタジー世界にでも来たかのような重厚感のある扉だ。というか実際にファンタジーそのものの扉であって

「えっと、確かここの壁に…」

ユーラは扉から離れた壁に手を伸ばし、ある部分を掌でおすとゴゴゴゴと大きな音を立て扉が自動で開いていく。

「開いたぞ~」

 ユーラに俺は伝える。しかし改めてどういう原理なのだろうか。

「今行く~」

 ユーラは速足で扉の前に戻ってくる。その間に俺は入り口に掛けられた手書きの入退場記録を眺めた。どうやら定期的に清掃に来ているようだが、何か目的があってここに来た人は直近ではいないようだ。やや今週は清掃が頻繁に入っているような気がするが年末年始の都合だろう。たしかに現代語訳されたものは別に出回っているし本当に歴史的なものを保管する目的でしか機能していないのだろう。

 ユーラが戻ってきたので俺たちは満を持して図書館の中へ入った。するとそこには、天上までびっしりと本が詰まった本棚が並んでいた。

「いや~何度見ても圧巻の光景だよな。本の香りもいい空間の演出になってるよ」

「さっき見たが誰か清掃係が定期的にここを清掃してくれているらしい」

「それはありがたいことだな。誰も使ってなさそうだし国民にも開放できればいいんだがまあ量がすごいしな。現状は宝の持ち腐れって状態だな」

 ユーラが次期国王らしくこの図書館の有効活用について考えているのはとてもいいことだ。しかしそれは今日でなくてもいい話なので

「しかしこの図書館よりさらに下なんてあるのか?確かにこの図書館は頭がおかしくなりそうなくらい広いのは見れば分かるが…」

 そう。ここはどう見ても本しかないのだ。

それでもユーラは自信をもってここに秘密が隠されていると宣言し前へ進み始める。

まあ確かにこの広大な敷地に大量の書物が古代から残り続けているというのは神秘的なものを感じないではない。もしここに手がかりがあるとするならば、定番は本棚をずらすと地下階段が現れてみたいなパターンだろう。入口の開き方もお約束な仕掛けだったし。しかしそんなことをする気にはならないほどこの図書館は広い。すべての本棚に仕掛けがあるか調べていたら何日あっても足りない。

「まあ任せろって」

 俺が訝しげにしているのを感じたのだろう。さすがは次期国王だ。かなりどうでもいい貫禄を俺に示してくる。少しいらいらした。

ユーラは数多の本棚に気をかけることなく引き続き進む。ちなみにこの図書館は入り口側の本ほど新しい文献となっている。今俺たちは大分奥に進んでおり、本棚に並ぶ書物もより歴史の色を帯び始めさらに古い紙ならではの匂いが濃くなっていく。それは決して不快な匂いではなく心地よいものだった。そんなことを思っていると突然ユーラは足を止めた。

「どうした?」

今までただ前に進んでいたユーラだけにここに何かあるのかもしれない。

「声が聞こえる」

ユーラは自分自身にしか聞こえないような声で呟くと慌てたように四方八方に頭を動かしあたりの様子を探る。

「おい。どうしたんだよ」

しかしユーラに俺の声は届いていないようでついには

「どこだ。どこにいるんだよ」

 わけのわからないことをユーラは叫びだし突然図書館の奥へ直進するのではなく右のほうへ駆け出した。俺も後に続いて走り出す。図書館は走るところではないんだがな…

10個ほどの本棚を過ぎ次の本棚の正面に着いたころユーラは止まった。そして本棚に並ぶ本を一つ一つユーラは目で追う。今まで見たことのない切羽詰まったかのようなユーラに俺はなかなか声をかけることができずにいた。

しかしだいたい10分経った頃だろうか。状況は一変することもなくユーラが徐々に疲労の色を浮かべるようになった。

「おい、いったい何をしてるんだ」

俺はこのままじゃ埒が明かないと感じユーラに声をかけた。ユーラの動きが止まる。

「苦戦しているようだが、俺にできることはないのか?このままユーラ一人で状況が変わるようには思えないんだが」

「いや、お前には関係ない。俺一人でやらないと」

 その一言に俺は堪忍袋の緒が切れた。俺はユーラに近づくと顔に一発ビンタを食らわせた。するとユーラは怒るとか痛がるではなくハッと目を覚ましたようで

「すまない。どうも冷静さを欠いていたようだ」

「いやこちらもすまないな。さすがに手を出すのはやりすぎだったかもしれない。だが、さすがに今の状況を説明してもらわないと俺はここで待つだけだし何より今ユーラ一人でしていることに進展が見られなくてひとりでするには非効率な気がしてな」

「いや、お前の言うとおりだ。少しおかしな話になるが聞いてくれるだろうか」

「もちろん」

 そうしてユーラの説明が始まった。


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【定期報告】こちら異世界、皇子の行方が未だ分かりません かみそりきず @masmav25

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