残光の丘

シンカー・ワン

Postbrila monteto

 観光くらいしか資源と呼べるもののない小国へと、隣接する大国が国境を越えて攻め入ったのは、近隣諸国へ進出する単なる足掛かり程度のものだった。

 突然な侵略に小国は抗うも、国力の差から一方的な蹂躙ののち、あっさりと大国に敗れる。

 元から小国に戦略的な価値を見出していなかった大国は、属国に組み入れはするものの、統治政府を置くくらいしかせず、扱いは通行所のひとつ程度なものだった。

 国としての戦いは惨敗であったが、国の民としては負けてはいないと思う者たちは、統治政府に対しての抵抗を試みる。

 これはその小さな戦いの記憶のひとつ。


 大国と元・小国の国境線付近には広大な草原があった。今は焼き払われた荒れ地が広がるのみ。

 多くの戦闘車両が通過して耕された荒野の、元はなだらかであったろう小高い丘。

 夕日に染まる荒涼とした頂きに、まるで縄張りを見張る野生動物のようにうずくまる物体がひとつ。

 あちらこちらが破壊され、雑な修復と改造で原形が今ひとつわかり辛いが、小国の軍隊で使われていた二脚歩行軽戦車なのが知れた。

 変形機構は生きているのか不明だが、今は無限軌道走行モードで地に伏せている。

 不用心にも大きく開け放たれたコクピットハッチの中には、ボロボロの機体に似合いな、くたびれた中年男がひとり。

 窮屈な操縦席から足を投げ出し、座席に寝そべったままくつろいでいた。

 雑音交じりに聞こえるのは地元のラジオか? 大国の進出状況などと一緒に小国のローカルな話題も流れてくる。

 あちこちの街で村で夏の催しが行われたとかのぬるい話題の中に時折混じる、抵抗運動とそれを鎮圧した大国駐留軍のニュースがここが占領国家だということを知らしめる。

『レジスタンスもかなり減ってしまいましたね』

 くたびれた男しかいないこの場に、硬質な第三者の声が。

「……だなぁ」

 平然と声に応える男。

『補給もままならなくなってきています。私もあとどれだけ戦えるか……』

 声とともに明滅する機器がある。声の主はこの機体の制御AI人工知能だった。

「――やばいのか?」

『やばいですねぇ。動力炉はとっくにオーバーホール、もしくは載せ替え時ですし、なによりも弾薬が心もとないです』

 男の問いに答える内容は深刻ではあったが、声にそんな様子はなくどこか達観したおもむきすらある。

「……潮時、かな?」

『でしょうね』

 深いため息とともに洩らした男に言葉に、ひょうひょうと返すAI。

『まぁ、よく戦ってきたんじゃないですかね、我々は?』

 そんなAIの言葉に、

「――そう、だな」

 と、苦笑交じりに返す男。悲壮感などはない、どこか楽しげでもある。

「なら、やることはひとつか」

『派手にやっちゃいましょう。ちょうど夏ですし、我が国名物の花火大会に負けないくらいに』

 AIの言葉に男の頬が緩む。脳裏をかすめるのはまだ若造だったころの思い出。

 夏祭り、花火大会、隣にいた大切な誰か。

 焼き払われ荒地となったこの丘は、花火大会の特等席だった。

 今はもうこの世に居ない彼女に指輪を渡したのもここで、花火大会の夜だったか――。

 幸せなころの思い出に別れを告げ、目を開き、操縦席に正しく乗り込み男が抑えた声で告げる。

「待機モード・オフ。戦闘モードへ移行、主機巡行出力、目標は最寄りの敵軍国境駐屯地」

『了解! モード移行、主機出力上げ。目標へ移動開始します』

 打てば響くと言わんばかりな、小気味よいAIの復唱。

 オーバーホール寸前だと言われていた動力炉が唸りを上げ、無限軌道が荒野を蹴り、の乗る機体が宵闇の丘を駆け下り、元・国境線に駐留する大国軍へと襲い掛かる。

 迫りくる抵抗勢力に気が付いた大国駐留軍が動き出す。

 の駆る二脚歩行軽戦車の数倍は巨大な多脚歩行戦車が何台か起動し、節足動物のような挙動を見せながら迎撃行動を開始する。

 緩衝装置の不具合から、最悪の乗り心地のまま丘を下る二脚歩行軽戦車へと、砲弾が乱れ飛ぶ。

 近距離で炸裂する爆炎、爆発の衝撃波が二脚歩行軽戦車を激しく揺らす。

「きったねぇ花火だなぁ、おい」

『えぇまったく。下品で風情ふぜいというものがありませんね』

 軋む機体の中で楽しげに会話を交わすふたり。

「負けてねぇで、こっちは綺麗なのを打ち上げてやろうぜ!」

『了解!』

 男の指示にAIが歌うように応える。

 二脚歩行軽戦車に残された最大火力である、多弾頭ミサイルが火を噴く!

 六連ランチャーから発射された飛翔体はある程度飛行したのち、それぞれの弾頭が五つに分かれ多数の目標へと乱れ飛ぶ。

 下から見れば、大輪の打ち上げ花火のようだ。

 敵駐屯地で小規模な爆発の火が上がる。間髪入れずにその十数倍の火線がふたりの元へと走る。

 近接での爆発の衝撃波、弾け飛ぶ破片の雨を喰らい、進むこともままならない中、不意にAIが男に語りかけた。

『軍曹殿、お願いひとつよろしいでしょうか?』

「この忙しい時に、なんだぁ?」

 今にも止まりそうな機体を制御しつつ、怒鳴り返す男。

 装甲を貫通してきた銃弾や壊れた機体の破片で男も傷つき、機体に劣らずボロボロだ。

『――最後は、逝きたいのです』

 なんの乱れもない落ち着き払ったその声に男は一瞬状況を忘れ、それからとても楽しそうに笑って、彼の声に応える。

「二脚の誇りってやつか? いいねっ、好きだぜそーゆーの!」

 ガタガタと丘を転がるように下っていた二脚歩行軽戦車が速度を落とし、軋む音を響かせながら雄々しく二本の脚で立ち上がる。

「最後にもうひと花咲かそうか、相棒!?」

『ええ、やりましょう軍曹殿!』

 ふたりの意思を乗せ、不格好だが勇猛に丘を駆け降りる二脚歩行軽戦車。


 丘の麓で鮮やかに散る花火の輝きがあった。 

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