第五話「きな臭い話は食後によろしく」
今日もいつも通り、セリさんの家で話す。日が暮れて帰る頃になった時、セリさんから引き留められた。
「あ、そうだ。私、明日からしばらく家を空けるから。」
「え、じゃあ明日から家行っても誰もいないってことですか?」
「そうだね。」
「どこに行くんですか?」
「北の方かな。ちょっと調査に。丁度、集落の収穫体も西に向かうらしいから、同伴させてもらうことにしたんだ。もうここにある文献は読み切っちゃたし、新しい文化物を収集しておきたいんだよ。」
「どれくらい行くんですか。」
「数週間かもしれないし、数年かもしれないな。」
「危険じゃないですか?」
「大丈夫だよ。この列島は地震が多いから、AIは捨てた土地だって昔、教えたでしょ。」
「分かってますけど、野生動物とか食中毒とかもありますし。」
「科学者に食中毒を注意するのかい?野生動物は気をつけるよ。」
「そうですか。俺もついていきましょうか?」
「お母さんを家に一人置いていくつもりかい?」
俺は俯いて黙った。
「大丈夫さ。君のお父さんのようにはならないよ。すぐに帰ってくるさ。」
「親父もそう言って、帰ってきませんでした。」
セリさんはバツが悪そうな顔をしているのだろう。しかし俺は俯いたままだった。すると、セリさんが俺の頭を両手で囲むように抱擁してきた。
「なんですか。」
「別にいいだろ。私も君と会えなくなるのが悲しいんだよ。」
「そうですか。」
沈黙が流れたが、俺の心には注がれるように暖かい気持ちが溢れていった。
「そうだ。何かお土産を持って帰ってくるよ。何かリクエストはある?」
セリさんは張り切るように言った。
「じゃあ、ゲームで。」
「はいはい、そんな風にしみじみしない。君も男だろ。」
セリさんは華奢な体で俺を持ち上げるように立ち上がらせ、玄関へと背中を押した。
「植物、水やっときましょうか?」
「いや、大丈夫。自動で水やりするシステムを作ったから。」
「すごいですね。」
「そうだよ。私はすごいんだ。そんなすごい人が旅先でコロッと死ぬ思う?」
「わかりましたよ。」
「またね。」
「はい、また今度。」
それから俺は振り返ることなく帰路に就いた。名残惜しさを打ち消すように一歩を強く出す。セリさんのことだから、もう家の中に戻っているだろう。いや、案外見えなくなるまで見送ってくれているかもしれない。どっちにしろ、振り返る気にはなれなかった。振り返れる顔では無かったからだ。
風に煽られながら黒髪のつややかな髪を片手でおさえて「またね。」と言うセリさんの姿が脳裏で反芻した。
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