家族の時間  巴10歳:夏

第6話 機密文書紛失事件(前)

 ひなと『ずっと一緒』になってから後日。4月のゴールデンウィーク前後くらいか。


 ひながどこか山からの光景が見たいと言い出した。山から村を見降ろしたいらしい。

 周囲を山に囲まれているから、登山道も整備されている。観光スポットとしての数は多い。

 本格的な登山なら無理だけど、丘陵くらいなら1時間もかからないだろうと、巴はいくつかの山をピックアップしていたのだが、どうもしっくりこない。

 遠足で向かったことがないし、巴も散歩で山は登らない。幼稚園時代ならあり得るかもしれないが、あいにく記憶があやふやだった。


「うーん、よく考えたら僕はインドア派だった。門外漢が何を一人で悩んでいるんだ」

「い、いいよいいよ。巴君、ほら私の家のね、北の方の丘に展望台みたいなものがあるでしょ。あそこまで行こう?」

「ひながそれでいいなら僕は文句も言えないけど……。いいんだな?」

「いいの。あなたと一緒ならどこでもいいよ。そこが私たちの居場所だよねっ」


 笑って答えるひなに、巴は考え過ぎたかと目を伏せた。


「あ、そうだ。巴君と一緒の場所が私たちの居場所なら――」


 ん?


「この被服室まで階段を登ろう? 上り下り。登山っ」

「それは登山じゃない。ただの階段昇降運動だ」


 突っ込み切れなかったので、巴は図書室から借りた名山紹介の本の背で、ていとひなの頭を叩く真似をした。


「暴力反対っ」


 ひなは照れて舌を見せた。


                  ◇


 とはいっても――一応その展望台の情報だけでもと思って、翌日の早朝に町役場に向かった。

 勝手知ったる我が家の通り、職員も小学生が入って来ても気にならずに黙々と自分の作業と格闘中。

 役場の別棟に観光案内所はある。職員に断って、巴は観光案内のパンフレットから1枚を引っこ抜く。見晴らしの良い景色の場所を示すものだ。


「おっと」


 何かがするりと落ちた。


「なになに……隠れキリシタンの遺跡について――」


 文化財パンフレットだった。何でも新しいキリシタンの遺物が発見されたとか。

 まだ探せば出てくるかもしれない。それで、もしよろしければ各家々での情報を募集中とのこと。特にキリシタンの礼拝所がまだ残っている可能性があるので、妙な広さに改造された納屋とかがあれば是非役場まで一報を――。


「こんな村にそんなものがあるっていうのが初耳だけど――。本当に?」


 半信半疑だが興味が湧いたので余分に拝借しておく。

 役場本棟に戻ると公衆電話のところに人が集まっていた。聞き耳を立てると、先日新しいタイプの公衆電話が導入されたという。


「村の住人ならかけ放題だってさ。厳密には役場の電話の延長だな。だから電話番号も役場のと同じだ」

「……村長も思い切ったことをするなあ。通話料金馬鹿にならないだろ」

「ジジババだと家々しかかけないからいいだろうってさ。あとたまにいるだろ、簡単な用事なのに役場の電話を貸してくれなんて図々しい利用者の人。だったらここで勝手に使ってもらった方がいいって話らしい。管理しやすいからな」

「分かるような分からないような。あ、俺面白いアイデア考えた。電子決済で公衆電話の支払いできればいいんじゃないか。利用者増えるだろ。よし、村長に掛け合ってくる。これで俺の業績もアップだ」

「……端末あるなら、それで電話かければいいだけだろ。携帯電話なんだから」

「……あ」

「気を付けろよ。昨日帰宅されるところを見たけど、村長機嫌悪かったぞ。怒ると怖い方なの知ってるだろ」

「はー良いアイデアだと思ったんだが。トホホ」


 何かアイデアを閃いたのに、実用性がなかったり先行例があるって本当によくある話だ。


 お疲れ様です。軍曹殿。


 とぼとぼと自分のデスクに戻って行く職員に心の内で敬礼して、件の『村長』の家に向かった。孫の秋吾に用がある。村の地理には強い悪友だ。


「機嫌が悪い……? ちょっと不安だな」


 村長の自宅は上野の『中央と西の間』くらいに位置する。

 巴の自宅がある『中央寄りの下』の下町よりもさらに古い町並みが残っている。特に街道沿いには板葺石置屋根なる構造をした日本でも珍しい家があり、国指定の文化財だとか。

 そこから2、3軒離れた邸宅が村長の自宅だった。周囲は全部壁で、その外は堀の跡のような原っぱ。格別広いとは言えないが、オンボロの巴の旧宅や、シンプルな現代風一戸建てのひなの家とは明らかに異なる、いかにも『和風の旧宅』と言った佇まい。


 門を潜ると平屋の本宅が見える。玄関の引き戸に触れようとした時。


「うるせえな! ほっとけよ!」

「だから怒ってないって言ってるだろ」


 怒声と、冷静な声。


「俺のせいだからいいって言ってるだろうが! 出かけてくる!」

「頭を冷やせ馬鹿孫。交通事故に遭っても知らねえぞ」


 前者は秋吾で、後者は村長らしい。しかし、二人の喧嘩は双方ヒートアップしているのが常なので、秋吾だけが昂っているのは珍しい。


「遭うかよこんな村で。信号機3台しかねえんだぞ。いいからほっといてくれ!」

「だからお前は馬鹿だと言ってるだろうが。今ゴールデンウィークだぞ。一年で一番混む時期だ。子供なんて頭打ったら簡単にお陀仏だ。お前死んだら紅緒泣くぞ。いいから寝てろ」

「っ! あいつには関係ないだろ爺!」

「あるんだよ、町議の間宮――紅緒の爺さんに申しわけねえから」

「爺に関係ある話じゃねえかよ!」


 ドスドスと足音が近づいてきたので巴は自然と右へ避けた。

 ガラスの引き戸が勢いよく開かれたと思ったら、必死な形相の秋吾が飛び出して来た。沈痛な顔は秋吾のものとは思えなかった。


「お前っ!」


 巴に気づいた秋吾は怒りの感情を露わにして手を振り上げたが、それがいかに無意味なことかを悟って下ろした。すぐに深呼吸をして巴を睨みつける。


「……相談か?」

「お前を見てたらできなくなったよ。僕の用事はあとで良い」

「悪ぃな」


 秋吾はそのまま門から出て行った。それを見送って、のそりと村長が顔を出す。しわくちゃだけど活力に漲った顔を奇妙に歪ませた。


「ごめん、立て込んでる時に」

「構わねぇよ。朝から変なもの見せちまったなあ巴。上がっていけ。飯食ったか」


 食べたが。少食のはずなのに、最近どうも食欲が凄い。


「食べていいなら貰うよ」

「ああ、食っていけ。あの馬鹿が食わずに出て行っちまった。勿体ないことしやがるよ」


 忌々しく呟いたその顔に、強い愛着が端々から溢れていることに巴は気づいた。自分に似た、出来の悪い孫が可愛くて仕方ないらしい。


「村長は秋吾が本当にお気に入りだ。紅緒が嫉妬するんじゃないのか」

「まさかお前が頭打ったとは知らなかったな。今日村の診療所、休診だぞ」


 減らず口までそっくりだ。


                  ◇


 秋吾の母の給仕で朝食を掻き込む。

 麦飯と、野沢菜の漬物と具のない味噌汁、あとアジの一夜干しだった。いやに美味かった。特に一夜干しが絶品。

 村長は巴のあまり見ない姿に驚いていた。


「落ち着いて食えよ、逃げねえから」


 その間、巴にしては器用に相槌を打ちながら、村長と秋吾のいざこざを聞いていた。


 結論から言うと、秋吾は村長の仕事を手伝って取り返しのつかないミスをしてしまい、それで荒れていたということらしい。

 秋吾はガキ大将で、クラス・学年のみならず今では学校全体の相談役になっている。乱暴者で粗野だが地頭の良さもあって信頼は厚い。家でも簡単な事務作業を手伝っている行いは、年齢にそぐわない見識の広さに寄与しているようだ。


「1年くらい前からやらせろやらせろうるさくてよ、書類のチェックくらいはできるんだよ。あいつ、国語の成績最悪のくせに本だけは読むだろ。……馬鹿に漏らすなよ。漢字や言葉な、お前が教えているのもあると思うぜ。いつもありがとな」


 そんなことはない。

 国社に強い巴に対して、秋吾は数字に強い。成績はいつもトップ。小学校に科目はないが英語も抜群にできる。持ちつ持たれつだろう。


「それは僕が秋吾に言ってる言葉だよ。感謝しかない」


 そうか、と上野町町長、通称村長――黒沢御陵くろさわごりょうは苦笑した。


 続ける。

 一昨日帰宅した御陵が、いつもの通り書類に不備がないか秋吾にチェックしてもらったらしい。既に清書されているものであとは印鑑のみという状態。

 汚すなよという軽口に、爺こそ書類に酒零すなとの応酬。資料と合わせて照会作業はテキパキと直ぐに終わった。そして昨日の夕方に、総務課へその書類を渡したらしいのだが――。


「1枚ないんだってよ。総務課長が困ってな。俺も滅茶苦茶困った。もしやと思って家に連絡入れて事情を説明したら」


 ――あれ、爺の資料だったのか? 親父のだと思って、親父の封筒に入れちまった


「……秋吾のお父さん、公務員じゃない普通のサラリーマンだったよな? じゃ、お父さんの封筒に入った資料はどこに――。あ、もしかして」


 訊きながら、一夜干しの腹に醤油をたらす。茶をしばいている御陵は忌々しげに頷いた。


「個人宛に送っちまった後だった。すぐに郵便局にも差し止めかけたんだが、そっちももう送った後だよ。何しろ宛先が皆目見当がつかねえのが問題だ。せめて速達だったらな。郵政もそれ以上は追跡できねえそうだ」


 封筒が何枚あるか知らないが、確かに宛先不明では対応にも限界がある。


「あと馬鹿孫はお前と違って記憶力が良くねえ。秋口、秋元――だったか、その苗字だろうってのは覚えているらしいが」


 それだけ覚えているなら大変優秀だろう。しかし格別珍しい苗字でもない。


「上野の村の誰か宛てでなくて? 全国に送る郵便だったのか?」

「うちの県内だったとあいつの父親は、そうはっきりと言ってたけどな」

「……秋吾のお父さんの名簿と照らし合わせて、住所を調べてみたらどうだろう」

「それがあいつが直接関わっている仕事じゃないらしくてな。住所までは知らねえんだと。その部署に参照したいから名簿貸してくれって交渉してもよ、息子が勝手に村の機密文書を送ったから確認したいとはいえねえだろ」


 確かに、恥部を晒すようなものだ。下手をすると秋吾の父親にまで責任が及ぶ。

 どんな資料かは聞かなかった。ただ、発注書や照会資料、あるいは請求書の類ではなくて、もっとやばいもの――表立って明るみにできない資料だったらしい。

 どこの集団や組織にも聖域というものは存在する。これは絶対だ。恋人、友達グループ。学校、病院、企業。国や役場にもある。もちろん、家族にも。

 ――巴とひなの関係がそれだ。悪いことではないが、隠しておいた方がいいというもの。暴き立てても栓ないこと。


「どうしようもねえだろ。送られた相手に意味不明と処分してもらうのが一番だが……。やばい団体だと脅迫に使う可能性もある。その時は俺が責任取るだけだと落ち着かせたんだがな」

「秋吾、責任感強いから。俺に何とかさせろって怒ったんだ?」

「愚かな孫だよ。どう責任取るつもりだよ。県内駈けずり回って聞いてくるつもりかって訊いたら怒鳴り合いだよ。どのみち、年端も行かねえ餓鬼にそんな機密資料渡した俺の責任だ。だから何かあったら俺が謝罪すれば収まるって言うのに聞きやしねえ」


 いかにも秋吾らしい言動だ。だから巴は秋吾を好いているのに。


「あいつの出来が良す――いや、悪すぎて頼っちまった。お前といい紅緒といい、お前の世代はみんなそうだからな。――そう、世代と言えばだな、この間越して来た子がいたろ。名は何て言ったか」

「ひなか? 静野ひなって名前だ」


 巴の『ずっと一緒』の相手。それだと御陵は言った。


「転入当日に、役場にわざわざ家族で挨拶に見えてな。歳の若いご夫妻だったが。年齢に似合わず丁寧でなあ。相当に苦労されたらしいのが伺えたよ」

「ふう――ん」

「ひなか、その子も挨拶に来た。しっかりしてたよ。良いとこのお嬢様かと思った。あれは親の人柄のおかげだな。優秀だ」

「そうか。後で伝えておくよ。ひなはお父さんたちが大好きだから。村長じきじきにご両親が褒められたって伝えたら、きっと喜ぶ」


 熱い味噌汁を口に含みながら御陵に伝えると、老獪な村長は何故かニヤニヤ笑っている。


「どうしたんだ?」

「お前、あの子に決めておけ。お似合いだぞ」


 おかしいな。巴はまだ若年痴ほう症を発症するような歳ではないはずだ。


「どういう意味かな」

「結婚式の挨拶は俺がやってやるって意味だ」


 思い切りむせた。ゲホゲホとせき込む。

 キャア、と秋吾の母親は悲鳴をあげて、巴の背中を優しく摩ってくれた。この短期間にまさか自分がされる側になるとは思わない。


「巴ちゃん、しっかりして。お父さんも冗談はよして頂戴」

「な、な、何考えてるんだ村長は。朝っぱらだぞ。1カ月の時間差でエイプリルフールを仕掛けないでくれ」


 巴は、ひなとは恋人じゃない。しかし、物理的にも精神的にも近しい。それこそ家族とは近似値な関係なので洒落になっていなかった。


「悪いな。ほら、うちの馬鹿孫が生まれた日に紅緒も生まれたろ。秋吾の馬鹿には丁度いいって間宮と言い合ってたんだが。幼稚園の頃にお前が来て、3人になってな。1人足りねえ。紅緒のドッペルゲンガーを作るわけにはいかねえし」


 御陵は胡乱うろんな計画を大笑した。


「紅緒が聞いたら蹴り殺されるぞ」

「半殺しで許してくれるよ。で、どこかにいねえかなあとか思ってたんだけどよ。できるだけ良いとこのお嬢様が良いと見繕ってたんだが、早見はやみとか鰐渕わにぶちとか小鷺こさぎとかは娘手放したくねえっていうし」


 3家とも、娘が巴の同年代の友人だ。何の因果か今年は全員クラスメイト。


「早見――朝子は遠距離恋愛の恋人がいるって言ってたぞ」

「そうか。それはますます駄目だな。諦めてたんだが。静野さんな。良さそうな子だとぴんと来てな。おっとりしてマイペースそうな気性がお前とよく似てるだろ。だからお似合いだよ」

「お父さん、仲人苦手なのによく言うわよ」


 半目で母親は睨んだ。巴もだ。御陵は平然と受け流す。


「それで頭が良い夫婦が2組できてよ、うちの村を盛り上げて行って欲しいんだよ。将来――大学出るくらいになったら俺に言え。手伝いくらいはしてやるから」


 余計なお世話だ。秋吾の面倒見の良さも完全に御陵の影響だろう。

 どうせ本気じゃないのに、と巴は心の内で毒づいた。


「冗談で僕を躍らせてぬか喜びっていうのは良い趣味だよ、御陵君」

「そんな可愛い二つ名で俺を呼ぶお前はもっとたいしたモンだよ」


 巴も上野の村の住人。言えと言われたら軽口も暴言も口にできる。

 御陵は、嬉しいのか悔しいのか判別できない苦い顔で笑った。


「まあな。お前、本気で色恋沙汰に興味がなさそうだから安心してるが」


 安心? 何故? 不可解な疑問が湧いて御陵へ向き直る。村の最高権力者は珍しく深刻そうに顔の皺を寄せて視線を外した。


「心配なんだよ。お前がだ。いやお前と付き合うかもしれない女がだ」


 ますます意味の通じないセンテンスが飛び出す。


「変にからかって悪かったな。巻き込んだあの子にも謝っておいてくれ」


 自分で謝ればいいだろう、と断った。こういう卑怯な部分だけは本当に老獪ろうかいだ。

 一瞬情けなく目を瞑った御陵だったが、すぐに吹っ切れたように不敵に笑う。


「ともかく俺はいつも通り出勤だ。ゆっくりして行け。おい、どうせなら昼飯もおごってやれ」


 はいはいと生返事をしながら、母親はお茶を淹れに奥へ引っ込んだ。

 肩を揉みながら出て行く御陵は、振り向き様にぽつりと呟いた。


「――巴、お前にだって幸福になる権利がある。義務もな。だから無理はするな」


 無理なんて、とは言わなかった。

 茶葉を切らしていたと、戻ってきた母親が巴の背後の箪笥を探し始めた。


「全く、お父さんもいい加減なんだから。ごめんね巴ちゃん。お昼はどうするの?」

「今日はちょっと。この後出かけるから」


 もちろん断らざるを得ない。ひなとの先約がある。

 しかし、妙に秋吾が気になって仕方がなかった。


 ――あんなに必死な秋吾は初めて見た。さすがに交通事故の心配はしていないが、巴にとっては口やかましい幼馴染で兄弟分。虚勢を張らず、どんと構えている印象。

 

「共同で責任を取ることはできないけど、どうしようかな」

「あ、巴ちゃん、ごめ――」


 棚を漁っていた母親の手から落ちた書籍が巴の後頭部へ直撃した。


「いっつ――。きょ、今日は仏滅だっけ?」

「ご、ごめんね巴ちゃん。あーこれかあ。処分しようかって悩んでたのが良くなかったわね」

「おばさん、それ――」

「そ、国発行の電話帳。紙のはとうに配布終了でしょ。もったいなくて」


 棚に戻される分厚い電話帳を見て、ふっと脳裏に浮かんだものがある。巴は白湯さゆに近いお茶を飲み干すと立ち上がった。


「ご馳走様。おばさんの料理を毎日食べられる秋吾が羨ましい」

「ありがと。うちの馬鹿も巴ちゃんくらい素直だったらねえ」

「それが秋吾の良いところだから」


 ゆっくりしていったらと引き留める母親に礼を言って、巴は黒沢家を飛び出した。無駄かもしれないが、やってみたいと思った。

 先に、ひなとの待ち合わせ場所に急ぐ。これだけは譲れない。


                  ◇


「ひな、遅れてごめんな。結局秋吾が捕まらなくて」

「いいの、私も今来たところ。もう、出発する?」

「ごめん。それが、少しやることができた。埋め合わせは後でするから、今日だけ自由にさせて欲しい」

「……いいけど。巴君、真剣な目をしてる。私の話を聞いてくれた時と一緒」

「そうかな」

「そう。そうかあ、誰か助けたい人ができたんだね。少し悔しいけど、しょうがないね。1日だけその人に巴君を貸してあげる」

「ごめんな、本当にごめん。秋吾が困ってるから」


 なんとなく分かってたよ、とひなは視線を逸らさなかった。


「あなたはそういう人だから。行ってらっしゃい。私はそういうあなたでいて欲しい。でも」

「でも?」

「必要以上に自分を追い込まないでね? それだけは約束して」

「ああ……約束」


 巴は御陵の言葉が思い浮かんで、走り出す最初の一歩を盛大に転びそうになった。

 ひなはますます破顔していた。

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