アイ・アム・最終兵器 〜〜突然異世界に召喚された俺は最終兵器としての役目を負わされ世界の命運を託される〜〜

現状思考

第1話 通勤トラブル

 リモートワーク。

 その言葉に憧れを抱いた時期が俺にもあった。


 ノートパソコンや仕事で使う資料や報告書が入った重い鞄を背負って、知らない人間のひしめき合う電車に乗るのは苦痛でしかない。

 ただでさえ、その後から始まる仕事に体力を使わなければいけないというのに朝っぱらからHPゲージを減らしている場合ではないのだ。

 かと言って、通勤時間帯を敢えて変更し、早朝の比較的空いた電車に身を投じようものなら睡眠時間を削るしかない。別に早く通勤したからと言っても業務開始時間が早まるわけではなく、帰る時間も早くなるわけでもない。

 まったく、会社勤めは辛い。

 ただでさえ、俺は身長が日本の平均男性よりも少しばかり小さいのだ。一度、満員電車の中で吊り革を掴み損ねれば、もうされるがまま。電車の車両がまるでゲロでも吐き出すように人を放出するまで俺に自由はない。

 成長期が遠に終わってしまったので身長についてはもう諦めている。だが、その人混みにも負けない屈強な身体が欲しいと願うことは何度かあった。

 しかし、自主的に筋トレしてもやり方が悪いのかそういう体質なのかあまり筋肉は付かなかった。精々が細マッチョの手前程度。俺は筋トレする時間を睡眠時間に回していった。


「今日は昼から取引先に行って商談があるからな。会社に着いたら他の仕事を早めに終わらせないとな」


 俺は鞄に荷物を詰めながらため息混じりにぼやく。

 仕事が大変だろうとなんだろうと、まずは通勤しなきゃならない。俺はそれが億劫で堪らなかった。


「昇進したら専属マネージャーとか秘書とか付かねえかな。ハイヤー乗って出勤したいな」


 そうして俺は今日も今日とて、最寄駅のホームで覚悟を決めて停車した電車に身体を押し込んでいく。

 いつもの場所で、いつもの車両に乗り、身体を捩じ込むようにして、いつもの定位置を獲得する。

 あとは音楽を聴きながら目的地までひたすら耐えるだけ。


(……今日の気分はこの曲じゃないんだよな)


 そう思って鞄を支えて持つ手とは反対の、吊り革を掴んでいた手を離して音楽プレイヤーのアルバムを変えるため操作していく。


(あ……)


 操作を終えて手を上げると、俺の使っていた吊り革は既に奪われていた。


(やっちまった)


 地下鉄や別の路線とも接続できる駅に停車した電車に更に人が乗り込んできて、俺は潰されるように定位置から押し流されていった。電車が揺れるたびに身体が浮く。自分でバランスを取ることもできず、他人の鞄や肘で押し返されていく。


(俺が外国人並みのマッチョだったら、びくともしないで押し返してやるのに。ああ、酸素薄い……)


 俺が顔を青ざめていると電車が停車し、俺の目的地の駅の二つ前に停車する。

 ここもターミナル駅の一つだ。

 大量に人を吐き出す分、同量の人が乗り込んでくる。


(これに巻き込まれたらまずい!最悪、流された挙句、乗り込めなくなる!)


 だが、分かっていてもどうにも出来ないこととはこの世に腐るほどある。


「あ、ちょっと……すいません、鞄が、あの、俺はまだ」


 降りようとする人混みに自分の鞄が巻き込まれていき、手摺りにしがみつくこともできず、俺は自分が降りる駅でもないのに駅のホームへと吐き出されていってしまった。


「ーーー!?」


 その瞬間、俺の足が何かを踏み外した。

 電車とホームの隙間に足が落ちたのかと焦る。

 だが、そうでないことはすぐに理解できた。


「なっ!あっ、ああああああ!!!」


 まるでゲームのバグを見ている気分だった。

 自分以外の人が普通にホームを歩いて行っているのに、俺は全てをすり抜けるようにして落ちていった。

 それを見ている間、俺は手をばたつかせ何かを必死に掴もうとしていた。多分、二、三回瞬きしていた気がする。

 次に瞼を持ち上げた時には違う光景が目の前にあった。

 青い空。

 大きな円を描いた残光……いや、消えた。見間違いかもしれない。

 すると、白く煙った何かが俺を包み、その中を風を切りながら通り抜けていく。そして、その白い煙が空に浮かんでいた雲だと気が付くのにそう時間は掛からなかった。


「おあああああああああああ!!!落ちてる!地面が地面があああああああっ!!!!!」


 無理矢理身体を捻って青空と遠ざかっていく雲の反対側を見て俺は叫び散らしていく。

 だが、空中でスーツ姿の俺に何が出来ようか。持っていた鞄にはノートパソコンと書類しか入っておらず、もしもの時のためのパラシュートなんぞ入ってる訳もない。



 ーーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 凄まじい轟音を立て俺は地面に激突した。


「死ぬっ!!!えっ、あれ?あああ??えっ!生きてる?生きてる!?なんで!?」


 地面にめり込む身体を引き剥がすように起き上がった俺は自分の身体を見下ろしていった。

 痛いところはなく、怪我もない。おまけに着ているスーツは土に塗れたというのに手で一払いしただけで、クリーニング仕立てのような艶を放った。


「よかったぁ、傷もないし画面も割れてない」


 俺はそばに落ちていた自分の荷物も拾い上げ、中身が無事なことも確認していくと、俺を中心に落ち窪んだような斜面を見上げていった。


「んなっ…………」


 斜面の上には人がたくさん居た。

 なにか付属品を色々付けたベストやベルトを装備し、手には杖にも銃にも似た棒を持っている。

 見渡すように振り向くとどうやら俺を取り囲んでいるらしく、ぞろぞろと同じような服装の連中が集まって来ていた。


「なにこれ?なんだこれ?」


 サバゲー会場かなんかか?

 なんで俺こんなところにいんの?

 俺、駅のホームから落ちてって、それで……。


「ん……うわっ!やばっ!8:50っ!」


 徐ろに腕時計を見た俺はそこに示された時間に肝を冷やし、驚いて声を上げた。あと10分で作業開始って、やばい!

 俺が社用携帯を取り出して会社に電話を掛けようとした、その時だった。


 ーーーガシャッ!


 俺を取り囲む、人たちが手に持っていた物を一斉に俺に向かって構えてきた。

 兵士の一人が声を上げる。


「まだ時間も浅い!奴が能力を発揮する前に叩く!」

「へっ!?えっ、あの」

「ヘルザード前へ!主砲を対象に固定」

「ひいっ!」


 兵士の輪がところどころ割れると、そこに戦車のような物が入り込んできて俺目掛けて砲身を向けてくる。


「第十一魔導小隊は術式展開用意!」


 指示を飛ばす声は止まらない。

 俺はその声に従う兵士たちから紛れもない殺気を感じ取り、会社に遅刻することとは別の焦りを覚えた。


「まっ、待って!撃たなーーー」

「総員、てぇ!!」

「ーーーーーーーーっ!!!!!」


 待ったを掛ける俺の声を無視して下された命令は、弾丸となって俺へと降り注いでいった。


「総員、砲撃やめ!」


 ありとあらゆる轟音が鳴り響いてしばらく、ようやく砲撃が止んだ。

 静まり返る中、兵士の一人が斜面を降り、その中心にいた標的の状態確認を行うために近づいていく。


「死んでいてくれよ」


 指示を飛ばしていた兵士がボソリと言った。

 そして、全員が息を飲んで見守る中、状態確認をしに行った兵士が標的に手を伸ばしーーー。


「終わった?」


 顔を上げた俺と目が合った。


「生きてっ!嘘だろ!報告っ!ほーこーくっ!!目標、生存確認!!繰り返すっ!生存確認っ!!」

「あっ、ちょっ!待てよ!これ、一体どうなって」

「総員、構え!てぇ!!!」

「うおおおおおおおおおあああああ!!またかよっ!!!」


 俺は鞄を守るように再び蹲った。


(さっきは伏せたお陰でたまたま当たらなかっただけだ。今回は絶対当たるっ!絶対死んじゃう!この書類作るのにどれだけ苦労したと思ってんだ、くそぉお!!)


 身体の底から突き上げるような轟音が鳴り響く。それがいつまで経っても鳴り止まない。


(早く!早く終わってくれ!)


 はやく、おわれ?

 あれ?

 俺は銃弾と砲弾、更にはよく分からない光のエフェクトが降り注ぐ中で顔を上げていった。

 すると、丁度、顔面に向かって砲弾が直撃してきた。


「頭に当たったぞ!!動きが止まった。……やったか!?」


 誰かがそう言った。しかし、それはすぐに裏切られる。


「やっぱ、なんともないや」

「なっ……化け物か」


 俺は更に強さを増す集中砲火の流された、顔を手で払って立ち上がっていく。当たる物全て、水圧の強いシャワーを浴びてる程度の感触しかなかった。

 その証拠に通販で買った安い鞄も穴一つ空いていない。もちろん、スーツも無傷。


「なんか、全然状況がわかんない……。あのお、どなたか責任者の方いませんか。というか、いい加減、人に向けて撃つの止めてくれませんか!訴えますよ!」

「おい、あいつ言葉を!貴様ら、攻撃の手を緩めるな!絶対にここでヤツを殺せっ!我がジェイラード帝国の命運は我らの手に掛かっている!」

「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」


 俺が砲撃やら何やらを手で振り払いながら言うと、指示を出していた指揮官らしき兵士が声を荒げながら言ってきた。その激に兵士たちは呼応し、弾幕はより一層厚くなっていった。


「だから、やめろって!ジェイラードってどこだよそれ。なんなんだよ、この茶番は!意味わかんないって!俺は会社に行かなきゃいけないんだってばっ!遊んでらんないの!お前らだけでやれって!」


 俺は話の通じない状況に困惑と同時に苛立ちを募らせていく。

 そんな時だった。

 上空から声がした。


「見ろっ!召喚は成功だっ!」

「しょうかん?」


 俺は自分が落ちてきた空を見上げた。

 そこには小さなヘリに似た塊が飛んでいて、軍服を着た女が身を乗り出しながら言ってきた。


「行けっ!!我らが最終兵器【アンリビオム】ーーー!!!」

「はあ?」


 それ、俺のことか?

 未だ集中砲火を受ける中で俺は目が合った女を睨み返すのだった。

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