エピローグ





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 高校三年の三学期。


「ついに今日は卒業式だね、エリザ」

「ええ。アンジェのおかげで、とても充実した高校生活でしたわ」


 二人はノートパソコンを開き、共に『アンジェ・メモリーズ』をプレイしている。

 セーブデータは軒並み「白薔薇と黒薔薇」ルート──アンジェとエリザベーテたちが結ばれるエンディングで並べられている。

 このルートは、「逆ハーレム」ルートの最後の分岐、根津ねづ部長が新たに用意してくれた選択肢次第でプレイ可能になるもの。

〈悪役令嬢〉エリザベーテ・ヴィランズは、主人公アンジェ・ピースウッドと良好な関係性を維持しつつ、攻略対象者たちと共に世界の危機へ敢然かんぜんと立ち向かい、その戦いの中で二人の間には強いきずなが芽生える。戦いの後、アンジェは「白薔薇の聖女」となり、エリザベーテが「黒薔薇の聖女」へと認定されたことで、二人の間に存在する障害はすべて取り払われ、二人は「恋人同士」となり、めでたくエンディングハッピーエンドを迎えるのだ。ちなみに、もともと「逆ハーレム」ルートでも、エリザベーテ・ヴィランズは生存できるが、二人は「親密かつ対等な友人同士」という関係でまくを閉じる。

 このベストエンディングを迎えられる者は、そう多くない。数多く存在する攻略対象者たち全員との好感度が均衡しつつ、〈悪役令嬢〉エリザベーテに認められるほどの魔法を習得し、なおかつ、共に世界の脅威に立ち向かうほどの関係性を築き上げることが必須条件であるため、「白薔薇と黒薔薇」ルート──「逆ハーレム」のトゥルーエンドを越えた“ベスト・オブ・ベスト”エンディングを迎えられたプレイヤーは、直接エリザベーテゲームキャラ指南しなんを受けた片木かたきアンジェ以外には数名しか存在せず、現在は“幻のエンディング”扱いされている。


「それにしても」

「なに、エリザ?」

「アンジェは徹底して、「白薔薇と黒薔薇」ルートしかプレイしませんわね?」

「だって」


 アンジェは頬を膨らませる。


「ゲームとはいえ、エリザには死んでほしくないもん」

「でも、プレイされた三枝さえぐささんが絶賛しておりましたよ? どのルートにおいても感動的なシナリオが用意されていて、商業物と遜色そんしょくないとか?」

「それでも。私だけは、エリザを死なせないよ」


 一年前の、あの奇跡のような日々を思い起こすアンジェ。

 彼女は〈悪役令嬢〉である自分を受け入れていたが、アンジェから見た彼女は、友人以上の関係と言ってもよい、本当に大切な、一人の人間だった。


「まったく。少し嫉妬してしまいそうですわ。〈悪役令嬢〉の自分エリザベーテに」

「エリザは見てみたいの? 自分が死ぬエンディングとか?」

「いいえ。ちっとも」


 笑い合う二人。


「会ってみたいですわね、あちらの私に」

「私も、会いたいな。あっちのエリザに」

「ああ、でも、浮気は許しませんわよ?」

「ええ、これって浮気になるのかなぁ?」


 二人は談笑しつつ、ゲーム画面を閉じ、ノートパソコンの電源を落とした。


「さぁ、行きましょうか!」

「うん、行こう!」


 二人は寮の部屋を後にする。

 この学校生活、最後の登校である。

 二人は手を繋ぎあい、いつも通りの歩調で自分たちの教室へ向かう。






 +





 ──二人が部屋を辞した直後。

 ──電源を落としたノートパソコンが煌々こうこうと、不思議な光を発し始める。





 +




「卒業生代表、挨拶あいさつ

「はい!」


 りんとした声が講堂内によく響く。

 卒業生代表である咲守さきもり生徒会長は、鮮烈な赤毛の髪をなびかせて、まるで貴公子のごとき整然とした歩調で、マイクのある壇上だんじょうへとのぼる。生徒会長は、充実した学校生活に心から感謝を述べ、残される在校生たちへの激励と、新たな門出かどでを迎える自分たちの未来に思いをせながら、卒業生代表としての挨拶あいさつを終えた。

 校歌と卒業歌が斉唱され、感極まってすすり泣く女生徒の姿が散見される。

 アンジェとエリザベーテ、咲守さきもり三枝さえぐさ、そして根津ねづも、それぞれ涙をこらえながら、斉唱の声を強くする。

 卒業式は無事終幕し、参列した在校生や保護者たちに見送られながら、アンジェたち卒業生は、講堂を後にする。

 教室に戻り、担任の先生から卒業証書を手渡され、最後の下校時間を迎えた。

 校舎を出ると、校門では早咲きの桜が満開に咲き誇り、卒業生たちが家族や後輩らと共に記念撮影を行っている。

 アンジェとエリザベーテも、それぞれの委員会の仲間や家族たちと共に過ごした。

 それが終わると、アンジェはエリザベーテと落ち合うべく、植物園の噴水の定位置で時を過ごしつつ、最高の三年間を過ごした華園はなぞのを、柔らかい眼差まなざしで眺めた。

 園内に清涼な春の風が吹き込み、心地よい花々の香りに包まれる。

 その時だった。


「アンジェ」


 一瞬、呼ばれたアンジェは、エリザベーテの声だと直感した。

 だが。


「……え?」


 振り返ったそこにいたのは、エリザベーテであって、エリザベーテではない。

 学校の白い制服ではなく、黒く神聖な衣服を身に纏うエリザベーテは、同じ意匠の白い衣を身に纏う金髪碧眼の少女の手を引いている。


「お久しぶりですわ、アンジェ」


 にっこりと微笑む黒髪の公爵令嬢は、貴族らしく一礼してみせる。


「……、エ、リ、ザ?」


 夢を見ているのかと思った。

 夢にもありえない光景だった。

 夢の中にいる心地で、アンジェは彼女に話しかける。


「ど、どうして、ここに?」

「遅くなってごめんなさい。けれど、聖女の修行の中で、ようやくこちらとあちらをつなぐ“魔法門”を会得えとくしましたの」


 アンジェは再会の感動でポロポロと涙をこぼしつつ、思わず笑顔を浮かべた。


「紹介しますわ、アンジェ。

 こちらにいるのは、アンジェ・ピースウッド──私の生涯の伴侶はんりょです」

「は、はじめまして、です。

 片木かたきアンジェさん。エリザ様、じゃなくてエリザから、お話はかねがね」

「うん──はじめまして──アンジェさん!」


 自分と瓜二うりふたつのゲームのキャラクターの姿に、アンジェは涙で頬を濡らす。

 そして、衝動に任せるまま、二人のもとへ走り出し、両腕を広げて抱きしめる。


「──おかえり、エリザッ!」

「ええ。ただいま、アンジェ」


〈悪役令嬢〉あらため「黒薔薇の聖女」たるエリザベーテは、アンジェに懇願こんがんする。


「さっそくで悪いですけど、ご紹介していただけますか? こちらの世界のエリザを」


 アンジェは力強く頷いてみせた。

 ふと、近づいてくる恋人の気配を感じ取る。

 卒業証書を片手に持つ、エリザベーテの姿を見つけた。

 驚愕と困惑で歩みを止める少女に対し、アンジェは嬉しさの涙を拭い、手招きしながら彼女を呼ぶ。







  エリザベーテ・ヴィランズの華園はなぞので。

  少女たち──大輪の花々は、奇跡の再会と邂逅かいこうを果たしたのだった。







              ── Fin ──





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エリザベーテ・ヴィランズの華園 秘灯 麦夜 @hitou_bakuya

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