破滅-2

「……なあ、都羽」

「ん、どうかした?」


 放課後。自動販売機で買ったサイダーを手にしながら、零は都羽の方を見る。

 都羽はいつものように微笑んでいた。でも彼の微笑みが、段々と暗いものを帯びるようになったことに、さとい零は気付いていた。


「お前……最近何か、辛いことでもあるのか?」


 その問いに、都羽は目を丸くする。それから笑って、首を横に振った。


「ねえよ、そんなの。毎日楽しくてしょうがないよ」

「本当か?」


 零は都羽から視線を逸らしながら、尋ねる。

 返事はなかった。沈黙が怖くて、零は言葉を続ける。


「言っておくが、僕はお前の味方だ。だから何かあるのなら、相談してほしい。……昔お前は、僕のことを救ってくれただろう? 本当に、ありがたかったんだよ」


 そこまで言って、零はようやく都羽の方を見た。

 零は目を見張る。都羽は、本当に悲しそうな顔をしていた。夕焼けの橙色に照らされながら、遠くの空を見つめていた。


「……零。お前さ、」

「何だ?」


 都羽はにやっと笑って、零の方を見る。


「いつからそんな喋り方だっけ」

「は?」

「いやだって、小学生の頃はもっとフツーの口調だったじゃん! 何で変えたん?」

「……別に、理由といった理由はないが」

「まじ? あー、そうなんだ、ずっと気になってたんだよねー。教えてくれてありがと」


 都羽はそう言って、手に持っていたオレンジジュースを飲んだ。それから切なげに笑って、零に背を向ける。


「帰ろーよ。俺、疲れちゃった」


 振り返った都羽の笑顔は、やはり何かを隠しているようだったけれど、零はもうそれを聞くことはできなかった。

 だから、「……ああ」とだけ返して、せめてと思い都羽の隣に並んだ。


 *


 中学二年生の二学期が始まろうとする日、都羽は首をって自殺した。


 *


 都羽はクラスで酷いいじめを受けていた。


 都羽と友人関係にあった少年が、些細ささいなことで口論になり、都羽に嫌がらせを始めたのが切っ掛けだった。クラスの雰囲気が閉鎖的だったことや、少年が教室の中心人物だったことが災いして、虐めはまたたく間にエスカレートした。


 無視され、持ち物を壊され、泥水を飲まされ、性的な動画を撮られ、殴るるといった暴行を受けた。


 虐めは巧妙に隠されていた。顔などの目立つ場所に危害は加えられなかったし、告発すればインターネットに動画をばらくと脅されていた。


 ――そして、零がこれらの事実を知ったのは、都羽が死んでからだった。


 *


 零は自室にこもりながら、ベッドの上で体育座りになり、目を閉じていた。

 元の形を取り戻したはずの心は、また崩れ落ちてしまった。

 誰に伝えるでもない考え事を、頭の中で巡らせる。


 ――優しい人間は、救われない。

 ――いつだって優しい人間は、愚かな人間によって殺されてしまう。

 ――お母さんも、お父さんも、都羽も。

 ――皆、殺されてしまった。

 ――この世界で優しくあろうとすることは、間違っているんだ。

 ――過ちなんだ……


 やがて、零は目を開く。

 机の近くに座って、ノートパソコンを開いた。

 しなやかな指で、キーボードを操作する。

 文書作成アプリを開くと、真っ白な画面が浮かび上がった。



「……愚かな人間が、滅びますように」



 零は口元を歪めながら、そう呟いた。

 そのままゆっくりと、指先を動かしていく。




愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。愚かな人間が滅びますように。




「……ようやく、自分だけの正義がわかったよ」


「僕は、愚かな人間を殺したいんだ」


「愚かな人間は、尊い人間を殺してしまう」


「そんな世界は間違っているだろう?」


「正しいはずがないだろう?」


「だから僕は、愚かな人間が救われない世界をつくりたい」


「そうすれば、」


「……きっと貴方達は、救われただろうから」

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