雪原-3
「いいか、嶋倉。俺はお前のことが心底気に食わない」
絢人は何も言えずに、ただ零を
「ただ、鶴木と比べれば、お前の方が
淡々と語る零に、絢人は悔しそうに
「命令だ。鶴木を救いたければ、自殺しろ。それともお前は、鶴木を見殺しにして次のゲームに進むのか? そんなこと、お前にできるはずがないと思うが」
そう言って、零は冷たく笑った。
絢人は零を見据えながら、口を開いた。
「わかったよ。でも、その前に、僕も君に質問したいことがある」
「そうか。
「ありがとう。……どうして影谷くんは、そうまでも論理的で、残酷であれるの?」
「そんなことか? 決まっているだろう。人間として生きていく上で、お前のような『優しさ』は無駄だからだ。いいか、考えてみろ。優しい人間が救われるか? 幸福になれるか? ……なれないだろう、この社会では。だから俺は、そういうものを全部捨てたんだよ。自分だけの正義を貫いて、生きていくと決めた」
何かを思い出すかのように目を細めながら、零は言い終えた。
今も、雪原は段々と終わりに近付いていた。様々なところに空洞ができている。絢人の近くにも、大きな暗闇があった。
「僕はそうは思わない。僕は沢山の人に優しくされて、生きてきた。その人たちの優しさが間違いだったなんて、絶対に思いたくないよ」
「そうか。……やはりお前とは、最後までわかり合えなかったな。俺はお前みたいな奴が、心底嫌いだよ」
「そう。それなら、それでいい。教えてくれてありがとう」
絢人は微笑んで、近くに広がる穴を見下ろした。
「落ちればいいの?」
「ああ。じゃあな、嶋倉……」
「――駄目ですよ」
凛とした、温度の低い声がした。
絢人は、目を見開いた。
零の左足にナイフが突き刺さっていた。着ていた制服のスラックスに、真っ赤な血が染み出している。
「……お前、気絶していたはずじゃ、」
そうやって言う零から、文香は容赦なくナイフを引き抜いた。
鮮血が舞った。
雪の上に零れて、その白さを赤色で汚していく。
文香はさらに、零の腹にナイフを刺した。
「……っ!」
零の顔が苦痛で歪む。文香はまたナイフを抜く。真っ赤になったそれを携えながら、絢人の元へと歩き出した。
「……影谷くん。貴方は昨日、糸野さんを殺しましたね? 合理的な貴方は、誰を最も殺すべきかを考えた上で、それを行動に移す人だと信じていました」
文香の制服には、血の汚れが付着している。
「私を協力関係に誘ったこと、そしてゲームの開始時に嶋倉くんへと切り掛かったこと。この二点から、貴方は今回嶋倉くんを殺したがっていると判断しました」
真っ赤なヘアピンまでもが、血のようだった。
「だから私は、その可能性に
絢人の隣に立って、文香は振り返る。
零はうっすらと、笑っていた。
「気絶したふりをしていた、ということか」
「そうですよ」
「だいぶ、強く殴ったと思ったんだけどな」
「私、殴られ慣れているんですよ。貴方くらいの筋肉量では、意識を失わないだろうとわかっていました」
「俺が、すぐにお前を殺す可能性だって、
「そうですね。でも、リスクを
微笑んだ文香に、零は首を横に振る。
「……はは、完敗だ。鶴木、お前の強さを見誤っていた。結局俺も、愚かだったな……」
口から血液を漏れさせながら、零は本当に悲しそうに微笑んだ。
絢人はゆっくりと、口を開いた。
「……影谷くん」
「何だよ、臆病者」
減らず口を叩く零を、絢人は真っ直ぐに見据えた。
「君の願いは、何だったの」
「そんなものを、聞いて、どうするんだよ」
「お願いだ。教えてほしい」
「
零は呆れたように笑った。
「お前と話していると、大切な人たちを思い出して、嫌な気持ちになる」
そう言って、零は絢人を見つめ返した。
「願い、だったな。俺はずっと、俺の理想を、追い求めていたんだ。俺は、ただ……」
それから目を伏せて、とても優しい顔をする。
「……愚かな人間を、殺したかった。それだけだよ」
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