雪原-3

「いいか、嶋倉。俺はお前のことが心底気に食わない」


 絢人は何も言えずに、ただ零をにらみ返した。


「ただ、鶴木と比べれば、お前の方が脅威きょういの大きい存在だと思ってもいる。次のゲームがどのようなものかにもよるが、仮に単純な力比べだったとしたら、小柄な俺はお前には敵わない。一対一なら尚更なおさらだ。鶴木は頭は回るし冷酷だが、俺の方がその辺りに関しては秀でている。従って俺は、今回のゲームでお前を殺しておきたい」


 淡々と語る零に、絢人は悔しそうに歯噛はがみする。


「命令だ。鶴木を救いたければ、自殺しろ。それともお前は、鶴木を見殺しにして次のゲームに進むのか? そんなこと、お前にできるはずがないと思うが」


 そう言って、零は冷たく笑った。

 絢人は零を見据えながら、口を開いた。


「わかったよ。でも、その前に、僕も君に質問したいことがある」

「そうか。冥土めいどの土産に答えてやるよ」

「ありがとう。……どうして影谷くんは、そうまでも論理的で、残酷であれるの?」


「そんなことか? 決まっているだろう。人間として生きていく上で、お前のような『優しさ』は無駄だからだ。いいか、考えてみろ。優しい人間が救われるか? 幸福になれるか? ……なれないだろう、この社会では。だから俺は、そういうものを全部捨てたんだよ。自分だけの正義を貫いて、生きていくと決めた」


 何かを思い出すかのように目を細めながら、零は言い終えた。

 今も、雪原は段々と終わりに近付いていた。様々なところに空洞ができている。絢人の近くにも、大きな暗闇があった。


「僕はそうは思わない。僕は沢山の人に優しくされて、生きてきた。その人たちの優しさが間違いだったなんて、絶対に思いたくないよ」

「そうか。……やはりお前とは、最後までわかり合えなかったな。俺はお前みたいな奴が、心底嫌いだよ」

「そう。それなら、それでいい。教えてくれてありがとう」


 絢人は微笑んで、近くに広がる穴を見下ろした。


「落ちればいいの?」

「ああ。じゃあな、嶋倉……」



「――駄目ですよ」



 凛とした、温度の低い声がした。

 絢人は、目を見開いた。

 零の左足にナイフが突き刺さっていた。着ていた制服のスラックスに、真っ赤な血が染み出している。


「……お前、気絶していたはずじゃ、」


 そうやって言う零から、文香は容赦なくナイフを引き抜いた。

 鮮血が舞った。

 雪の上に零れて、その白さを赤色で汚していく。

 文香はさらに、零の腹にナイフを刺した。


「……っ!」


 零の顔が苦痛で歪む。文香はまたナイフを抜く。真っ赤になったそれを携えながら、絢人の元へと歩き出した。


「……影谷くん。貴方は昨日、糸野さんを殺しましたね? 合理的な貴方は、誰を最も殺すべきかを考えた上で、それを行動に移す人だと信じていました」


 文香の制服には、血の汚れが付着している。


「私を協力関係に誘ったこと、そしてゲームの開始時に嶋倉くんへと切り掛かったこと。この二点から、貴方は今回嶋倉くんを殺したがっていると判断しました」


 真っ赤なヘアピンまでもが、血のようだった。


「だから私は、その可能性にけました。あの状況で貴方をあおれば、私を人質に取る可能性が高いと。そうすれば自らの足場は崩れず、優しすぎる嶋倉くんを殺せる……どうですか?」


 絢人の隣に立って、文香は振り返る。

 零はうっすらと、笑っていた。


「気絶したふりをしていた、ということか」

「そうですよ」

「だいぶ、強く殴ったと思ったんだけどな」

「私、殴られ慣れているんですよ。貴方くらいの筋肉量では、意識を失わないだろうとわかっていました」

「俺が、すぐにお前を殺す可能性だって、ゼロではなかっただろう」

「そうですね。でも、リスクをおかさなければ勝てないでしょう?」


 微笑んだ文香に、零は首を横に振る。


「……はは、完敗だ。鶴木、お前の強さを見誤っていた。結局俺も、愚かだったな……」


 口から血液を漏れさせながら、零は本当に悲しそうに微笑んだ。

 絢人はゆっくりと、口を開いた。


「……影谷くん」

「何だよ、臆病者」


 減らず口を叩く零を、絢人は真っ直ぐに見据えた。


「君の願いは、何だったの」

「そんなものを、聞いて、どうするんだよ」

「お願いだ。教えてほしい」

ままだな、お前は……」


 零は呆れたように笑った。


「お前と話していると、大切な人たちを思い出して、嫌な気持ちになる」


 そう言って、零は絢人を見つめ返した。


「願い、だったな。俺はずっと、俺の理想を、追い求めていたんだ。俺は、ただ……」


 それから目を伏せて、とても優しい顔をする。



「……愚かな人間を、殺したかった。それだけだよ」

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