第五章 破滅

雪原-1

 文香と零は、草原で向かい合っていた。

 零に割り当てられた家の裏だった。二人の近くには一本の高い樹があって、葉の影を地面に落としていた。


「……それで、影谷くん。話って何ですか?」


 冷たい視線を投げ掛けながら、文香は零に問う。

 零は、眼鏡の奥にある切れ長の双眸そうぼうを細めながら、口を開いた。


「お前と嶋倉は、協力してゲームに参加しているそうだな」

「ええ、そうですよ? 何かご不満でも?」


 あおるように言う文香に、零はそっと口角を上げた。


「ああ、不満だ。もう残っているのは三人……俺とお前と嶋倉だ。その中で二対一になってしまえば、ゲームの内容によっては不利になるだろう」

「まあそうでしょうね。それが狙いですから」


 文香は、薄く微笑んでみせる。


「だがな、鶴木。昨日のゲームを思い出してみろ。特に、嶋倉の振る舞いを」


 零の言葉に、文香は荒れた唇を開いた。


「……何が言いたいんです?」

「気付いていないのか? 


 風が吹く。二人の黒い髪が揺られた。

 返答しない文香に対して、零はさらに言葉を続けた。


「糸野も言っていたが、嶋倉は臆病だ。『優しい』と言えば聞こえはいいが、要は覚悟が足りていない。自分の願いを叶えるために他者を蹴落けおとさなければならない、ということを実践じっせんできていない。馬鹿なんだ」


 文香の目付きが、段々と険しくなっていく。


「……影谷くん。貴方は嶋倉くんの悪口を聞かせるために、私を呼び出したんですか?」

「はは、違うよ。俺はお前に一つ、提案をしに来たんだ」

「提案?」


 聞き返した文香を、零は見据えた。



「鶴木。あんな奴と協力するのはやめて、俺と協力しないか?」



 文香は、ほのかに目を見張る。

 そうしてすぐに、首を横に振った。


「申し訳ありませんが、承諾しかねます」

「何故だ? お前にとってもいい提案だと思うが。嶋倉と組んだところで、あいつは足手纏あしでまといになる可能性が高い。今までのゲームでわかっているんじゃないか?」

「まあ、そうですね。正直に言いますと、嶋倉くんは殺し合いに向いていません。彼は優しすぎるので」

「そうだろう? だとしたら、俺と組んだ方がいいと思うが。そうすれば、ほぼ確実に最後のゲームに残れるだろう」


 文香は少しの間俯いて、それから顔を上げて柔らかく笑った。


「デメリットを受け入れてでも、嶋倉くんと組んでいたい理由があるんですよ」

「理由? それは何だ」

「申し訳ありませんが、内緒です。そもそも私たち、余り仲良くないじゃないですか。組んでもろくなことにならないと思いますよ。……では、失礼しますね」


 文香は零に背を向けて、歩き出す。

 長い黒髪の揺れる後ろ姿を、零はしばらくの間見ていた。


 *


 三人が集まるのとほぼ同時に、ロゼが姿を現した。

 真っ白の長髪を、低い位置で二つに分けて結んでいる。真っ青の瞳に、半分になった参加者を映し出していた。


「やあ。人数が減って、何だか寂しくなったね?」


 その言葉に応える者はいなかった。普段なら何か返答するであろう絢人も、今は何かを考え込むように俯いている。

 ロゼは不満げに口を尖らせてから、「まあいいや」と言って笑った。


「移動する前に、少し服装を変えようか」


 気付けば三人は、丈の短いコートに身を包んでいる。一気に暖かくなり、絢人は驚いたように自身の服装を見た。


「これから行く場所は、結構寒いからね。ぼくからのプレゼントだよ」


 ロゼは期待のこもった眼差しを、絢人に向ける。絢人は困ったように微笑んでから、「……どうもありがとう」と呟くように言った。ロゼは満足げに頷いた。


「じゃ、行こうか」


 いつものように、絢人の視界が歪む。



 ――純白だった。



 絢人たちは、雪原の中央部に立っていた。冷たい空気が、頬を刺すかのように感じられた。

 雪原はどこまでも続いている訳ではなく、大きな長方形の足場のようになっていた。広がる白色と空の青色が、どこかロゼを想わせる色彩だった。

 ロゼは微笑む。


「それでは、四つ目のゲームの説明を始めるね。きみたちは、この小さな雪原の中で生き残ればいい。簡単でしょ?」


 その説明に、絢人は怪訝な顔をする。ざっと見渡した印象ではあるが、この場所に特段危険なものは存在しないように感じられた。強いて挙げるとするならば、雪原が途切れている場所には近付かない方がいいかもしれない。でも、それも今いる位置からすればかなり遠くだった。

 零も同じことを思ったようだった。


「また、殺し合いが目的のゲームか?」


 その問いに、ロゼはすぐに首を横に振った。


「ううん、違うよ? まだ明かされていないだけで、ここには危うい仕掛けがあるのさ」

「危うい仕掛け?」


 繰り返した零に、ロゼはくくっと笑う。


「始まればすぐにわかるよ。別に、自ら殺したければ殺せばいいと思うけど」

「そうか。まあ、そのときの気分に任せるとするよ」


 零はそう言って、絢人と文香をじろりと見つめた。絢人はすぐに目を逸らし、文香は冷えた視線で零を見つめ返した。


「一人の死をもって、ゲームはおしまいだよ。それじゃ、始めるとしようか」


 ロゼはそう言って、手を広げてみせる。

 太腿ふとももに感じるナイフホルダーとナイフの重みにも、絢人はもう慣れてしまった。

 それが、苦しかった。


 ――ら、らら、ららら、らららら……


 そんな苦しみを増幅ぞうふくさせるかのように、不協和音が響いた。

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