依存-2

 それでも、好きだった。

 好きで好きでたまらなかった。


 夕方、自宅のベッドの上で、蘭は泣きながら雅雪にててメッセージを送る。


〈あの〉

〈あたし、今日、ゲーセン行ったんです〉

〈それで見ちゃいました〉

〈先輩が金髪の女の子と遊んでるとこ〉

〈どういうことですか〉

〈友達、ですか?〉

〈友達ですよね?〉

〈だって先輩の恋人はあたしですもん〉

〈先輩が浮気なんてする訳ない〉

〈だって先輩は優しい人だから〉

〈見ず知らずの女に絆創膏を貼ってあげる人だもん〉

〈優しい人ですよね?〉

〈優しい人ですよね?〉

〈優しい人ですよね?〉

〈先輩、早く返信ください〉

〈辛いよ〉

〈苦しいよ〉

〈あたし、先輩のこと好きです〉

〈好きですよ〉

〈説明してほしいです〉

〈お願いします〉

〈お願い〉


 そこまで打ち終えて、蘭は携帯を枕元に放り投げて、現実から目を背けるように眠った。目を覚ますと夜だった。携帯を見ると、雅雪から一件のメッセージが届いていた。


〈ごめん。明日の午後、俺の家まで来てくれる?〉


 その言葉に、蘭は自嘲じちょうするかのように笑った。


「……さっさと説明してよ」


 目からはまた、涙があふれた。


 *


 次の日は土曜日だから、高校はなかった。蘭は電車を幾つか乗り継いで、雅雪が住む一軒家までやってきた。以前彼を家まで送ったことがあったので、場所は知っていたけれど入ったことはなかった。蘭は泣きらした顔で、インターホンを押した。


 少しして、扉が開いた。そこには雅雪の姿があった。蘭は彼のことを、愛おしげににらみ付ける。雅雪は「入って」と蘭のことをうながした。


 雅雪の後を追うように廊下を歩きながら、蘭は口を開く。


「……雅雪先輩」

「何?」

「あたしのこと、嫌いになっちゃいましたか?」

「嫌いになんてなっていないよ」

「じゃあ、好きですか?」

「…………」


 雅雪は答えなかった。蘭は口角を歪めながら、言葉を続ける。


「あたし、先輩に好きって言って貰ったこと、ないですよね。告白のときも、付き合ってとしか言われませんでした。好きっていうこの気持ちは、あたしの一方通行な思いですか?」

「嘘はつきたくないんだ」

「どういうことですか」

「部屋の中で説明するよ」


 その言葉を最後に、雅雪はまた口を閉ざした。階段を昇った先に、一つの部屋があった。雅雪はゆっくりと、部屋の中に入る。蘭もそれにならった。


 部屋の明かりが点けられる。


 蘭は、息を呑む。


【黒い髪を二つ結びにした女性の写真】「好き?」「好き?」「好き?」【朗らかな笑顔を浮かべた女性の写真】「愛?」「何それ」「わからない」【ブロンドの長髪が印象的な女性の写真】「わからない」「わからない」「わからない」【ショートカットの活発そうな女性の写真】「誰かを好きになりたい」「好きになりたい」「好きに、なりたい」【花の形を模したイヤリングを耳に付けた女性の写真】「俺は異常?」「異常じゃない」「正常だ」「正常だ」「正常だ」「正常だ」【可愛らしい顔立ちをした女性の写真】「好き?」「好き?」「好き?」【色素の薄い瞳が綺麗な女性の写真】「普通?」「普通?」「普通?」「普通?」「普通?」【赤茶色の髪を三つ編みにした女性の写真】「どうすればいいのでしょうか」「誰か俺のことを、」「救って」【金色の髪をショートボブにした女性の写真】「救ってください」「救ってください」「救ってください」【顔の辺りを黒く塗り潰された女性の写真】「救え」「救え」「救え」「救え」「救え」【両目だけが切り取られた女性の写真】「救え!」「救え!」「救え!」「救え!」「救え!」「救え!」「救え!」【無数の小さな穴が肌に開けられた女性の写真】「どうか、救って」


 壁一面に貼られた数多の女性の写真と、余白となった部分に書かれた大量の文字。


「……誰のことも好きになれないんだ」


 雅雪の声がした。


「でも俺の周りの人間は、俺に誰かを好きであることを強要する。だからさ、色んな人と付き合ってみるんだ。でも、その気持ちは俺の中に芽生めばえない。変だよね……」


 蘭は、雅雪のことを見た。

 彼は瞳に涙を浮かべている。好きな人が傷付いている、その事実が蘭の心を強く抉った。


 気付けば蘭は、雅雪のことを抱きしめていた。


「変じゃないです!」


 叫ぶように、言う。


「先輩は絶対に、変なんかじゃないです! だって先輩は、あたしを救ってくれました。生きることが楽しくなかったあたしの世界を色付けてくれた。そんな人が可笑おかしい訳ない! あたしは……あたしは、先輩が好きです」


 雅雪は嗚咽おえつらしていた。

 蘭は彼の背中をさすりながら、ささやいた。


「いつか……いつか先輩が、あたしだけのことを好きになってくれたら。あたしはすごく、嬉しいです……」


 それは叶わない願いなのかもしれないと、蘭は思った。


 ――黙れ。


 心の中で、そう思う自分の首をめた。


 ――黙れ……


 あと少しで、殺してしまうくらいに。

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