依存-1
弓山蘭は高校二年生にして、「人生はつまらないものだ」と悟っていた。
仕事で忙しい両親との会話は少なく、内向的でいて強気な性格だからか友人はいない。
そんな二学期のある日。いつものように音楽を聴きながら、高校からの帰り道を歩いていたときだった。ぼんやりしていたからか、道に落ちていた石の存在に気付かず、蘭は転んでしまう。膝を地面に強く打ち付けて、「いったあ……」と声が
擦りむいてしまった膝は、皮膚が
「大丈夫?」
声を掛けられて、蘭はびくりと身を震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。
立っていたのは、シルバーメッシュの入った黒い髪が印象的な一人の少年だった。蘭の通っている高校は
「大丈夫です、すみません」
蘭はそう言いながら、立ち上がる。一礼して歩き出そうとしたところで、膝に鋭い痛みが走って、声を漏らしていた。少年が心配そうな表情を浮かべる。
「ちょっと待ってて」
蘭はおずおずと頷いた。彼は通学鞄から一つのケースを取り出す。そこから二つの
「はい、どうぞ」
少しの間意味がわからなくて、蘭は静止していた。ああ、あたしは今優しくされているのか、とやっと理解する。少年は勘違いしたようで、
「……もしかして、俺が貼った方がいい?」
と蘭に尋ねた。蘭は慌てて断ろうとして、でも少しだけ、そうしてほしいと思ってしまう。たまには素直になってみようと思った。
「お願いします」
「わかった。そこにベンチがあるから、座ってくれる?」
蘭は頷いた。微笑んだ少年に、また胸の辺りが
名前を知りたいと、思った。
「あの、あたし、弓山蘭っていいます。二年生です」
その言葉に、少年は頷いた。
「そうなんだ、よろしくね、弓山さん。俺は
――たかおまさゆき。
蘭はその響きを、心の中で繰り返した。
綺麗な名前だと思った。
*
そこからの流れは、単純だった。
連絡先を交換する。メッセージアプリで雑談をするようになる。放課後の時間を共有する。休日に二人で遊びに出掛ける。他愛もない話で笑い合う。
そうして、三回目のデートで、
「弓山さん、俺と付き合ってくれませんか?」
そう雅雪に言われた。蘭は耳を微かに赤く染めながら、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「はい、よろしくお願いします」
夕焼けのオレンジが溶け出した湖の側で、二人はキスをする。
――人生がつまらないなんて、嘘だったな。
――大好きな人ができるだけで、こんなにも、幸せになれるんだ。
そんなことを、考えていた。
*
崩壊が始まったのは、それから二週間ほどが経過した頃だった。
いつものように音楽を聴きながら、蘭は帰り道を一人で歩いている。本当は雅雪と遊びたかったのだが、用事があるからと断られてしまった。その事実に途方もない寂しさを覚えていて、蘭は
――依存は、よくないわよね……
そう思いながらも、蘭は自分の中での雅雪の存在が、日に日に大きくなっていくのを感じていた。特に親しい友人もおらず、打ち込んでいる趣味もない彼女にとって、恋愛はどんな砂糖菓子よりも甘く中毒性があった。気付けば雅雪に会いたいと、そう考えるようになっていた。
――駄目だ。たまには、一人で遊ぼう……
そう思って、蘭は隣町のゲームセンターに行くことを決めた。特段好きという訳ではないが、月に一度ほど
電車で一駅、それから五分ほど歩けば、目的地に到着した。機械が発する楽しげな音と
――雅雪先輩とも、いつか来てみたいな……
結局彼のことを考えてしまう自分に呆れながら、角を曲がったときだった。
雅雪が、いた。
「……え?」
蘭は驚きの余り、声を漏らす。そこにいたのは間違いなく雅雪だった。どうして、会えた、嬉しい、何で――ぐちゃぐちゃになっていく思考の中で、蘭は彼の隣に一人の少女がいることに気付く。金色の髪をショートボブにした、はっきりとした顔立ちの美人。雅雪はその少女と一緒に、クレーンゲームで遊んでいた。
「あ、やば、落ちた!」
「もお、雅雪ったらヘタクソ! 早く取ってよおー、クマさんのぬいぐるみ!」
「わかってるって、もっかいやるから待ってて」
「きゃあ、雅雪大好き!」
少女は雅雪の腕に身体を絡める。雅雪も楽しそうに笑いながら、再び
気付けば蘭は、店の外へと走り出していた。目から勝手に涙が
「雅雪先輩……」
愛おしさとか悔しさとか
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