弔い

 窓の向こうには、夜空が広がっていた。


 絢人はベッドに横になりながら、瞬きを繰り返していた。目を閉じれば宏太郎の笑顔を思い出してしまうから、そうすることはしなかった。


 ゲームが終わってから、何も食べていなかった。食欲が消え失せていた。でも何かを胃に流し込まなければいけない、だってこの夜が明けたら次のゲームが訪れるのだから……絢人はそう考えて、のろのろと起き上がる。

 冷蔵庫を開くと、ペットボトルに入った赤色の野菜ジュースが目に入って、宏太郎の血を思い出して吐き気がした。絢人は冷蔵庫の前でうずくまる。


「瀬川くん……」


 彼の名前を呼んだ。思えばこの訳のわからない世界で、初めに絢人に話し掛けてくれたのが宏太郎だった。きっと彼自身も不安だったはずなのに、優しく微笑んでくれた。宏太郎がいなければ、六人の自己紹介さえ始まらなかったかもしれない。


「覚えていなきゃ……」


 最後の一人になる人は、他の五人のことを覚えていなくてはならないと思う――そんな自分の言葉を思い出して、絢人は歯をみ締めた。


 そのとき、トン、トン、という音が聞こえた。絢人は目を見張って、屈んだまま振り返る。扉が叩かれた音だとすぐにわかった。


 絢人は立ち上がって、扉の方へ向かう。昨日のような不安は薄れていて、それよりもむしろ、誰かと話したいという思いの方が強かった。鶴木さんだろうか? そう考えながら、絢人はのぞき窓を覗いてみる。


 そこにいたのは、千里と蘭だった。


 絢人は少し逡巡しゅんじゅんしてから、扉を開く。千里は泣き腫らしたあとのある顔を、微笑みの形に移ろわせた。


「……こんばんは、絢人くん」

「こんばんは。糸野さん、弓山さん」

「もう、他人行儀たにんぎょうぎだなあ。千里でいいのに」

「僕、基本的に人のことは苗字で呼ぶんだよね」


 絢人の言葉に、蘭はくすりと笑う。


「確かにそれが、嶋倉くんっぽいかもしれないわね」

「そうだろう?」

「わたしも、わかるかも。……あのさ、絢人くん」


 千里は、絢人のことを真っ直ぐに見つめた。


「何?」

「これ……宏太郎くんの家のところに、供えたくて」


 千里はそう言うと、手に持っていた二つの紫色の花を、絢人に見せた。


「これは」

「わたしが見つけたものと、宏太郎くんが見つけたもの。持ってきちゃったんだ。……とむらい、みたいなことができるかなあと思って」

「あたしは千里からそう聞いて、賛成だったからついてきたの」

「……なるほど」


 絢人は頷いた。


 自分の他にも宏太郎の死をうれいている人がいることが嬉しくて、でもそれを遥かに上回るほどに、悲しくてしょうがなかった。その思いを振り払うように、靴をく。


「……お待たせ。行こうか」


 その言葉をきっかけに、三人はそっと夜の暗がりに足を踏み入れた。

 宏太郎の家は、絢人の家の隣だった。家の明かりがいていないことが、宏太郎の死を感じさせて苦しかった。


 千里は扉の前に、そっと二本の花を手向けた。

 そうしてすぐに、泣き出した。


「うわああああああ……うああああああ……あああああああっ……」


 蘭は悔しそうな顔をしながら、千里を抱きしめた。そんな二人の様子を、絢人は暗い表情を浮かべて見つめていた。


「わたし……わたし、くずだ。こんなに辛いのに、それでも願い事を叶えたいの。でもわたし、蘭ちゃんにも絢人くんにも、死んでほしくないよっ……」

「わかるわ。あたしも二人に死んでほしくない。生きていてほしいもの」

「よかった……一緒だあ……」


 千里と蘭の言葉を聞きながら、絢人は思う。


 ――殺すことに、等しいんだ……


 壊れてしまえたらどれだけ楽だろうかと、そんなことを考えていた。

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