信仰-2
夏期講習を終えて家に帰った宏太郎は、すぐに違和感に気付く。
――家が暗すぎる。
夜なのだから、父親も母親も弟もいるはずなのに、リビングにも
地下室には苦い思い出しか残っていない。昔は一週間に一度、
友人の家族の話を聞くたびに、宏太郎は打ちひしがれた。誕生日にホールケーキでお祝いをして貰ったこと。家族で一緒にバラエティ番組を見たこと。休日に動物園に連れて行って貰ったこと。聞いてしまいそうになった、(そこに信仰はないの? そこに信仰は存在しなくてもいいの? そこに信仰が存在せずとも家族であることができるの?)、でもそれを聞いてしまえば何かが壊れてしまうような気がした。だから聞くことはしなかった。
階段を下り終えた宏太郎は、廊下を歩く。しっかりと階段を降りることができて偉いです、シラトワさまはそうささやいている。宏太郎はそれを無視する。地下室にはすぐに辿り着いた。扉の下から、明かりがほのかに
……血の匂いがした。
出どころは弟の静樹だった。下着姿で椅子に
「なっ……何してるの!?」
宏太郎は静樹に駆け寄った。それから、父親と母親を交互に見た。二人は恐ろしいほどに冷たい表情を浮かべていて、宏太郎はぞくりとした。
「いいか、宏太郎? これは静樹への『教育』だよ」
「きょう、いく……?」
絶望したような顔で繰り返す宏太郎に、母親が「そうよ」と困ったように微笑む。
「静樹ったら、急に怒りだしたのよ。シラトワさまなんか存在しないよ、目を覚ましてくれ、って。びっくりしちゃった。この子には何も伝わっていなかったのね? すごく悲しくなったわ。だから『教育』していたのよ。うふふふふ」
「全く馬鹿な子どもを持つと困っちゃうよな、あはははは」
「うふふふふふふふふふふふふふふ」
「あはははははははははははははは」
両親の笑い声を聞きながら、宏太郎は表情を歪めた。ああ、こんな状況なのに、数え切れないほどのシラトワさまが地下室にいる、宏太郎のことを心配している、大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですか? そうやって心配している……宏太郎にはもはやそれが幻覚なのか現実なのか、わからなかった。
「……静樹」
宏太郎はただ、弟の
「少し間違えただけだよね? 大丈夫だよね、シラトワさまは『いる』よね?」
できるだけ優しい目をしようと思った。オレは父さんや母さんとは違う、そう信じていたかった。静樹は傷だらけの身体で、泣きながら微笑んだ。
「……うん、いる」
「そうだよね。ほら、父さん、母さん、もうこんなことしないでも、大丈夫だから。大丈夫だから。オレたちはきっと、大丈夫だから……」
自分に言い聞かせるように、宏太郎は口にする。
――ああ、神様、もしも貴方が本当に存在しているというのならば。
――こんなオレたちを、どうか救ってくれませんか。
――ああ、でも貴方は、「シラトワさま」なんですか?
――だとしたら本当に……救いようのない、話っすね。
宏太郎はそんなことを考えながら、汗ばんだ弟の身体をゆっくりと抱きしめた。
*
宏太郎は花畑の中に座り込みながら、泣いていた。
――結局オレは、オレたち家族を救えなかったね。
赤色と青色の中で、宏太郎だけが異なる色をしていた。
――ごめんなさい、静樹。オレは、キミに……キミだけでいいから、幸せであってほしかった。
シラトワさまが見えないことだけが、彼を
――ごめんなさい、静樹……
「謝らないで、兄ちゃん」
宏太郎は、ばっと顔を上げる。
静樹が、立っていた。
「……何で、静樹が、」
言い終わらないうちに、静樹は宏太郎のことを抱きしめる。そうされるだけで、宏太郎の目からは大粒の涙が溢れて、止まらない。
「ありがとう、兄ちゃん。おれを、助けてくれようとして」
「……うう、」
「本当に、ありがとう」
感謝されたことが、嬉しかった。
これも幻なのかもしれない、と宏太郎は思った。だって自分はあれだけ、シラトワさまの
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