花畑-2

「えっ……?」


 驚いたように、宏太郎が声を漏らす。絢人も一瞬状況が理解できなくて、あちこちに視線を彷徨さまよわせた。


 おりを想わせるデザインの白く荘厳そうごんな門が、近くにそびえ立っている。門の両端から、花畑を囲うように背の高い柵が伸びていて、まるで監獄のようだった。


 花畑は見渡す限りどこまでも続いていて、終わりなどないかのようだった。花は一種類で、ガーベラに似た形をしている。鮮血を想像させる赤色のものと、深海を想像させる青色のものの二色が混在していた。


 ロゼはそっと屈んで、右手で赤色の花を、左手で青色の花をんだ。


「綺麗だろう? ぼく、この場所が大好きなんだ」


 桜色の口元に二本の花を持っていって、ロゼは柔らかく微笑んでみせる。


「さて、一つ目のゲームのルールを説明しようか。この花畑には基本的に、赤色か青色の花しか存在しない。でも今回はゲームのために、五本の『紫色の花』を用意した。きみたちは一人につき一本の『紫色の花』を見つけ、この場所まで戻ってきてほしい」


 その説明に絢人は呆然ぼうぜんとしながら、花畑を見渡した。永遠という言葉が似合いそうなほどに広がり続ける花畑。存在する花の本数を考えただけで、目眩がしそうだった。この中から紫色の花を探し出すことは、どれほど大変だろうか……?


「ただ先述した通り、『紫色の花』は五本だけだ。必ず一人は脱落することとなる。ああ、それと、きみたちにはこれを贈ろう……」


 違和感がして、絢人は自身の右の太腿ふとももに視線をやる。そこには、先程までは存在していなかったはずの、黒色をしたナイフホルダーがあった。ナイフのは同じく黒色で、銀色の刃は隠されていて見えなかった。

 絢人はロゼの方を見る。彼女はくくっと笑いを零した。


「ぼくが昨日話したことを覚えてる? 『誰かを殺してもいいのは、ゲームの最中だけ』――さあ、もうすぐゲームが始まるよ」


 絢人は表情を歪める。零はナイフを引き抜いて、じっくりと観察している。文香は冷たい視線をロゼに向け、宏太郎は悔しそうに唇を噛み締めている。蘭は俯いており、千里はとても悲しそうな顔をしていた。


 そんな六人の反応を楽しげに眺めてから、ロゼは空を見上げる。


 ――ら、らら、ららら、らららら……


 どこからか、不協和音が響き渡る。

 ロゼは静かに微笑んで、桜色の唇を開いた。


「さあ、ゲーム開始だよ……」


 その言葉に、六人は顔を見合わせてから、一人、また一人と離れていく。

 ロゼの姿も、空気に融解ゆうかいするかのように消えていった。


 *


 絢人は目をらしながら、花畑を進んでいた。


 ――赤。青。赤。赤。青。赤。青。青。青。赤。赤。青。赤。青。赤。赤。赤。青。赤。


 この広大な花畑で目的の花を見つけるのは、どれほど難しいだろうか。


 ――青。赤。赤。青。青。青。赤。青。赤。赤。青。赤。青。青。赤。赤。赤。青。赤。


 絢人の胸の中を、苦しい思いが充満していく。


 ――赤。赤。青。青。赤。青。青。赤。赤。赤。青。赤。青。赤。青。赤。赤。赤。青。


 ……本当に僕は、紫色の花を見つけることができるのだろうか?


 ――赤。青。青。赤。赤。青。赤。青。青。赤。赤。青。赤。赤。青。赤。青。青。赤。


 かなりの距離を歩いた気がするのに、紫色なんて視界の隅にも入らない。


 ――赤。青。青。赤。青。赤。赤。青。青。赤。赤。青。赤。青。赤。青。赤。赤。赤。


 もう皆の姿は、どこにも見えなくなってしまった。


 ――青。赤。赤。青。青。赤。赤。赤。青。赤。赤。赤。青。赤。青。赤。赤。青。青。


 もしかすると、既に皆は紫色の花を見つけてしまったのではないだろうか?


 ――あか。青。赤。あお。赤。赤。あか。青。青。あお。赤。青。赤。あお。赤。あか。


 僕は、最初のゲームで脱落してしまうのだろうか?


 ――あか。あお。あか。あか。あお。あか。あお。あお。あお。あか。あか。あお。あか。


 そんなのは、嫌だ。


 ――あか。あか、あお? あお? あか。あか! あお。あか。あお、あお、あか。あか!


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 ――あ、か。あお? あおあおあお、あか、あかあかあおあおあか、あおあかあかあか。


 死にたくない! 死にたくない……僕は、僕は瑠花を救わなきゃ、救わなきゃなんだよ、


 ――あかあおあおあかあおあかあかあおあかあおあかあおあかあおあおあかあお……


 救わなきゃ、なんだよ。


 絢人の目を涙が浸していく。甘く見ていた。ゲームに脱落すれば死が訪れることを、どこか遠い世界の出来事のように考えていた。でもいざゲームが始まってしまえば、その事実は途端に現実味を帯びて絢人のやわい心を抉った。


 瑠花の気持ちが痛いほどわかった。くつがえしようのない死が迫ることは恐ろしいことだった。そんな恐怖を感じながら、彼女は長きにわたって病室で絢人に向けて微笑んでくれた。それがどれほど尊い行いだったか。


 絢人の歩みが止まる。探さなければと思うのに、足が動こうとしない。自分の弱さを思い知って叫び出しそうになった。でも、でも瑠花を救いたかった。彼は呼吸を荒くしながら、自身を叱咤しったして再び歩き出す。


「……嶋倉くん」


 冷えた声が、した。

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