邂逅-2

 最初に口を開いたのは、零だった。


「命を懸けたゲームだと? どうして俺がそんなものに参加しなくてはならない? まるでメリットがないじゃないか」


 眼鏡の奥に覗く切れ長の瞳で、零はロゼのことを睨み付ける。ロゼはくくっと笑ってから、ばっと両手を広げた。


「メリットならあるよ。途方もないメリットが」

「ほう、そうなのか。それなら説明してみろ、白髪はくはつ女」

「白髪女、って……ぼくにはロゼ=ブレアーって名前があるんだけどなあ。まあそれはいいや」


 ロゼは肩をすくめてから、また楽しげに話し出す。


「前提として、一つのゲームにおいて一人の参加者が脱落していく。そうして最後に残った参加者は、『好きな願い事を一つだけ叶えられる』という権利を手にするんだ」


 ――好きな願い事を一つだけ叶えられる。


 絢人は、ロゼの言葉を心の中で反芻した。それは余りに非現実的な報酬ほうしゅうでありながら、この幻想的な世界で提示されたからか、嘘ではないように感じられた。


「……それは本当か?」

「本当だよ、影谷零。ただし、ルールがある。既にゲームで脱落した者の死を覆すような願い事や、ここにいる二人以上の願いを同時に叶えるような願い事は、叶えられない。それは決意への冒涜ぼうとくにあたると思うから」


「なるほどな。……それ以外なら何だって叶えられるのか?」

「勿論だよ」

「例えば、住んでいる世界を根幹からじ曲げるような願いでも?」

「問題ないよ」

「ほう」


 零は愉悦を口元に滲ませながら、腕を組んだ。


 ロゼと零のやり取りを聞きながら、絢人はゆっくりと呼吸を繰り返していた。「世界を根幹から捻じ曲げるような願い事」が、許されるのならば。


 ――妹を冒しているがんを消し去ることなんて、容易に違いなかった。


 また、ロゼが話し始める。


「もう一度言っておこう。。ゲームに敗北した者は、死ぬ運命にある――どうか、そのことを忘れずにいてほしい」


 六人の表情に緊張が走る。ロゼは彼等を見据えながら、言葉を続けた。


「さて、きみたちには選ぶ権利がある。このゲームに参加したくない人は、今ここで手を挙げてほしい。その場合、ここでの記憶や起こったことは、全て『なかったこと』になる」


 ロゼは両手の人差し指でバツ印をつくりながら、楽しげに笑った。


「まあ、ぼくのおすすめは、このゲームを承諾することだけどね。そこまでデメリットはないから。……そしてぼくの予想では、きみたちはゲームに参加するだろう」


 デメリットはない? 絢人は眉をひそめる。命を失うということは、それだけで大きなデメリットではないだろうか。現に妹の瑠花は、命の消失に怯え、あんなにも苦しんでいる――


 ロゼは軽く自身の手を挙げながら、首を傾げる。


「さあ、問おう。参加したくない人はいる?」


 そう聞かれ、絢人は数秒の逡巡しゅんじゅんのあとで、真っ直ぐにロゼを見つめた。


 妹の病気を治したかった。


 あの日絢人は、救いようのない現実が奇跡で塗り替えられる未来を祈った。その未来が向こうからやってきたのだ。この機会を逃せばきっと、瑠花は助からない。このゲームで生き残り、瑠花を救ってみせる――絢人は決意する。


 絢人と同様、誰も手を挙げなかった。宏太郎も、千里も、文香も、蘭も、零も、この過酷なゲームに参加することに決めたようだった。

 ロゼはにこっと笑って、手を背中の後ろで組む。


「了解。それではきみたち六人を、ゲームへの参加意思ありと見なすね」


 絢人は頷いた。

 真っ白の長髪を風になびかせながら、ロゼは満足げに微笑んだ。


「あ、一つ言い忘れてた。誰かを殺してもいいのは、ゲームの最中だけ。ゲーム以外の場所で殺した場合は、ルール違反で脱落することになる。……だから始まるまで、殺しちゃ駄目だよ?」


 誰かに語り掛けるかのように、ロゼは言う。


 殺すという残酷な言葉に、絢人は自分の心をざらりと撫でられたように感じられた。もう戻れないように思った。

 自己紹介の時間が懐かしかった。不可解な状況を共有している仲間のように思っていた人たちは、もはや仲間ではなく敵なのかもしれない。それが悲しかった。


「それじゃあ、ぼくについてきて。色々聞いて疲れたでしょ、ゲームは明日からだから今日はゆっくり休んでね」


 そう言って、ロゼは六人に背を向けて歩き出す。すぐに零が続いて、歩き出そうと思った絢人の肩を、誰かが軽く叩いた。

 振り向くと、そこには宏太郎がいた。そばかすだらけの顔は淡く寂しげだった。


「絢人くん、よければ話しながら行きませんか?」

「……ああ、勿論だよ。声を掛けてくれてありがとう、瀬川くん」

「いえ。オレも、誰かと話したかったですし」


 絢人と宏太郎は、どちらからともなく歩き始めた。

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