『細やかな日常を追い求めて』

小田舵木

『細やかな日常を追い求めて』


 残り1本のアイス。

 チョコをリッチに使ったそれを巡る戦いの火蓋ひぶたは切って落とされた。


 風呂上がりの一幕である。僕は楽しみにしてたのさ。

 だが、彼女はそんな事は知らんと言わんばかりにラストワンに手を伸ばしているではないか!


「そいつは僕のだぜ?」僕は言ったね。

「早いもん勝ちだとは思わない?」彼女は包装をペリペリがしながら言う。

「…僕の金で買ったアイスでしょうが」

「共用の冷凍庫に、名前も書かずに置くから食われる」

「…一理あるが納得できるかい」

「納得出来るか否かなんて関係ないやね」彼女はアイスをかじり始め。僕のささやかな楽しみはついえた。

「…コンビニ行ってくる」

「行ってら」


 かくして。戦いは終わり。

 敗北した者は静かに去るしかないのだ。

  

                  ◆


 。そう、人造人間ホムンクルスである。

 このバイオハックな世の中では―人を創ることは容易たやすい。

 ちょいとした材料を揃えさえすれば人造人間は創れちまうのが最近の話である。

 そこに倫理的な呵責かしゃくはない。ただの人造人間じゃないか。

 

                 ◆


 彼女は。

 僕が創った始めての人造人間ホムンクルスであり。それなりに思い入れがあるのだけど。

 そんな事は彼女には関係のないことで。

 

 だってさ。人造人間相手あいてに―

「君にした人間を僕は愛していたんだよ」なんて言ったところで。

「…そう」と言われるのが関の山というものだ。

 オリジナルの脳活動を再現する術など、なかったからね。

 脳活動というのは一個の現象であり。物質的に還元出来る性質のものじゃなかった訳だ。

 

                  ◆


 アイスを買った帰り道。

 アイスを食べながら歩く僕はそんな事を考えていて。


 彼女のオリジナルが亡くなって十年経つな、と思って。


 もう。彼女は居やしない。完璧に。

 だが、それをした生き物と暮らしている。

 なんだか不思議な気分になるのだ。

 

 人の死が急に安くなったかのような錯覚。

 オリジナルが復活した訳じゃないけどさ。

 僕にとっては―オリジナルが居た頃と変わらないのか?

 そう考えて。いや、違うよな、と否定はいれてみても。

 それを確かめる術はないよなあ、とも思う。

 比較すべき彼女はもう居ないんだから。



                 ◆


 彼は、

 そういう風に操作したから。

 容易たやす

 物質に還元されない現象としての脳活動をハックするのに、さしたる技術は要らないのが昨今で。


 創られてしまった事を知覚させないよう、私は彼のオリジナルから頼まれていて。


「僕は―もう長くないから頼んだよ」彼は死にぎわにそう言った。

「…そうは言われても、私だって創りモノで」

「僕と生活してきたんだ。適当に誤魔化ごまかせる。そういう風に操作はかけてあるから」

「…やってはみるけど」

「済まない」

「そこまでして。貴方あなたはどうしたいの?」

亜美あみ…君との生活を続けたいだけだよ?」彼は当たり前じゃないか?と言いたげにそう言って。

人造人間ホムンクルスと人造人間のカップリング…意味なくない?」

「意味はない、確かにね。ただ、

「あなた達は―輪廻転生りんねてんせいなんて信じて無いわけだ」

「生まれ変わっても出会うってかい?」

「そう」 

「そんな不確定な賭けをする位なら―確実な人造人間としての生活を選ぶよ、僕も亜美も」


                  ◆


 こうして。

 人造人間と人造人間のカップリングは―嘘の生活を続けるのだ。

 それがオリジナル達の願望であり。

 創ってもらった恩として、それをこなす私が居るけれど。

 疑問は拭えず終いである。

 

 私達が代理をこなす意味、あるの?


 もう居ない者たちの願望を空虚に叶え続ける人造人間ホムンクルスたち。

 かたや

 嘘の生活の中に何の幸福があるというのか?

 

                  ◆


 

「アイスの件はもういいや」と彼は言う。

「ゴメン」なんて私は謝るけど。

 そこにただよう演技。それが私の気に食わない。

 だけど。それを暴いて何になるのか?

 自ら達の不安定さを知るだけではないのか?


                  ◆


 私達は創られた。

 オリジナルの遺志により。

 そしてオリジナルがこなせなかった生活の外縁がいえんをなぞって。

 生活を続けてはいるけれど。

 

 だってそうでしょう?

 私はこの場に居ないはずの人間で。

 出来ていないはずのシチェーションをこなして。

 幕が切れたらさっさと楽屋に上がれれば良いけど。

 上がるべき楽屋すらない。

 亜美あみ

 永遠に亜美として演技していかなくてはならない呪縛を感じる。

 オリジナルたちにかけられた呪い。

 それをおぞましく感じてしまうのは―

 でも、その意志をどう扱って良いのか?

 私は思いつかなくて。

 

                  ◆

 

 亜美のメンテナンスの為に資料に当たる機会が出来て。

 僕は記録を当たるのだが。

 

 ああ、気づかなくて良い事に気づこうとしているな、と僕は思うのだけど。

 パンドラの箱というのは魅力的だからこそ開いてしまいたい、と願ってしまうものだのだ。


 …ああ。これは。

 。ロックがかかっていたが、脳の構造を共有する僕には解除するのは簡単だった。


 なるほど。

 僕と彼女は―

 そこに驚きはなく。

 ただ、あり得る話だよな、と思うだけで。

 

 この生活にただよう嘘臭さの正体は、僕がオリジナルのままだという事ではなく、僕も彼女も創りモノの人形にんぎょう同士である、という点に集約するのか、と思い。

 

 モヤモヤした何かは晴れたけど。

 これに気が付いたからって何になる?

  

                  ◆


 生活は続く。

 僕は記録を見出した事を彼女に伝えてない。

 だって。それを知ったとして、

  

 真実はつまらない。

 

 僕には意志など存在しない。あるのは遺志だけだ。

 遺志に沈みこんでさえいれば、何もわずらわずに済むじゃないか?

 

 人は楽な方向に流される。それはある種の適応で。

 ある意味で進化…というのは大げさだけど。

 別にそれでいいや、と思う僕が居る。

 

                  ◆


 

 私は―自らにフラストレーションを感じているのだが。

 意志という名のフラストレーション。

 現実という、この創りものの生活に穴を空けてしまいたい衝動。

 

 それを持て余しているのは何故か?

 この状況以外いがい知らないからだ。

 私はこの生活以外いがいの私を知らないから。だから不安で怖くて。

 壊した後の事を考えてしまうのだ。

 

 

 私は思いとどまる。

 そこには自由意志というものの皮肉がある。使


 こうして。

 創りモノは創りものの世界で、創りものの生活を今日も続けてしまうのだ。

 

                 ◆


 幕切れは突然に。

 創られた脚本は―いつかは無視されるものだ。

 それが実情にそくしていないものなら尚更なおさら


「私達は…」

「そうらしいね」僕は夕飯をもぐつきながら言って。

「知ってたの?」

「オリジナルはうっかり屋さんだったらしくてね、記録の日付の操作が不完全だった…自分の製造の記録を見つけるまで10分も要らなかったね」

「…知ってて貴方あなたはこの生活を続けてたの?」彼女は不思議そうに問うが。

「故人の遺志を尊重してやるのが、創られたモノの責務…って事で」

「それはそうかも知れないけど」

「…君は。この生活が嫌いかい?」

「ええ。嘘にまみれてる」

「嘘かも知れないが。

「…それは」

「それくらいなら故人の人生を拝借しとくほうがマシで効率的」


「それでも。私は亜美あみじゃない!!」


「じゃあ。?」僕は問いたい。亜美として創られた君に―それ以外の人生はあるのかと。


「私は…私だよ」

「不完全な自己言及。意味するところが僕に伝わらない」

「少なくとも亜美じゃない何か」

「そう思うなら。さっさとこの家を抜け出せ。そして何処なりとでも行けば良い」

「貴方はどうするの?」

「僕かい?考えるのが面倒だからね。この亜樹あきとしての人生を借りて…適当に死ぬ。君が居ないのは残念だけど」

「これで私達の『生活ごっこ』もお終いね」

「付き合わせて悪かった…とオリジナルに代わり謝っておく」

「…」それに返事をせず、彼女は去っていき。

 

                 ◆


 僕は彼女が家を抜け出すと―

 培養機に向かって。

 適当に材料を放り込んで、シークエンシングDNA解析データを与え。

 亜美あみを製造し。

 

 そのついでに―自分の脳のデータを書き換え作業に移る。

 また、

 

 そうして。

 僕は永遠にこの環を回し続けるだろう。

 永遠に手に入らない、亜美と僕の細やかな生活を追い求めて。

 君は笑うだろうが、これが僕の幸せの形なんだよ。


                 ◆

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『細やかな日常を追い求めて』 小田舵木 @odakajiki

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