第16話 魔法とか魔術とか夢があっていいね!
「王子殿下は十歳になったらアカデミーには行かれるのですか?」
こんにちは。めでたくプルメリアと友人になることに成功した、俺ことフラムです。一週間ぶりに会えたプルメリアから衝撃の事実を聞いてしまったせいで、予定が全て狂ってしまいプチパニックを引き起こしている。
彼女を目の前にすると緊張してしまうので、トルマリンと共に何を話すのかを事前に決めていたのに、このザマである。本当は最初に彼女の装いを褒めるつもりだったのだが、やっぱり緊張してしまって挨拶以外できなかったのだ。
気を使って彼女が話題を振ってくれたのは分かっているが、想定外の出来事にただただ間抜け面を美しい彼女に晒してしまっている。ちなみに彼女は水色のドレスに身を包み、髪は緩く巻いている。母親が着ている様なお高い石がギラギラしているようなドレスではなく、装飾はレースのみのシンプルなデザインである。素材の良さが存分に生かされていた。流石主人公としか言いようがない美しさだ。転生してよかった!
「ええと、王子殿下大丈夫ですか?それほどアカデミーの話が衝撃でしたか?すっかりご存じだと思っていたのですが」
あまりにも固まっていたので彼女に不審に思われたようだ。まさか彼女が可愛すぎて悶えていたとは到底言えない。慌てて俺は口を開いた。
「いやアカデミーが存在することは知っていたんだけど、十歳から入るものだったことは知らなくて。できればアカデミーの基本的なことから教えて欲しいんだけど」
プルメリア嬢は嫌な素振りを見せることなく頷いた。トマとは大違いである。
「我々が住む土地ルヴォンは竜らがか弱い人間のために作られた大陸です。かつて竜や精霊と仲の良かった人間は加護を与えられました。その加護は魔力ではないかと言われています。そして魔力の使い方を学び、広めるために当時の王らがアカデミーを作りました。当時は身分関係なく多くの生徒がアカデミーには通っていたそうです」
「アカデミーは貴族が交流しながら勉強する場だと聞いたんだけど?」
「そうですね、現在のアカデミーでは基本的に貴族しか通うことができません。また貴族であっても緑以上の瞳を持つか、伯爵家以上の身分であることが条件とされています。私のお母様は青色の瞳ですが、侯爵家出身ですのでアカデミーに通うことが可能だったようですね」
「それは赤に近い瞳である方が魔力が強いと言われているから?」
学ぶ場所ですら瞳の色や身分で差別する理由が分からなかった。
「そうかもしれませんね。そもそもアカデミーに通うのが貴族だけになったのは平民から入学する人が減ったからだとも言われています。おそらく魔法や魔術が衰退した結果、卒業までに多くの時間を有するアカデミーに家業を手伝わなくてはならない平民らが通う必要がなくなってしまったのでしょう。魔力を扱えなくても生活に困らないほど、文明が発展した結果とも言えると思います」
彼女の説明は分かりやすかった。それならば魔力を扱う必要性のなくなった平民たちは瞳の差別はしないのだろうか。プルメリアは続けた。
「そしてアカデミーの代わりに平民に向けたスクールと呼ばれる教育機関を生まれました。アカデミーは王族が主体で作られましたが、スクールは貴族が主体です。アカデミーは卒業するのに八年かかりますが、スクールは領主によって差はあれど三年から五年ほどで卒業できるようですよ。
前提として、貴族は簡単な読み書きや計算を教育係から、平民は教会で牧師から学びます。ですので余裕のない家庭や本人が希望しない場合にはアカデミーにもスクールにも通わない方もいます」
なるほど、どの身分の人も義務教育は終わっている状態みたいだ。ならば、スクールは高校と大学の間のようなものでアカデミーは高校と大学をまとめたようなものだと考えられる。
「王族が主体でアカデミーが作られたなら、僕はアカデミーには絶対通わなくてはいけないのかと思ったんだけど違うの?」
そう、彼女の話を聞くと王族が作り上げたものならば、強制的に入学させられるのだと考えたのだ。
「それがアカデミーに通うのはソレイユの者だけではありません。エトワール王国、リュンヌ王国の者も通うのです。そして長い間寮生活を送ることになるので、第一王位継承者はあまりアカデミーへ行くのは一般的でないのですよ。大抵は王女や継承権の低い王子らが交流を深め、婚約者候補を見つけるために通われます。
国王陛下は通われたようですが、王子殿下は珍しい赤の瞳をお持ちですので王宮で教育係と学ばれるのかと疑問に思った次第です」
なんということだ。俺はアカデミーで青春を過ごすことができない可能性が生まれてしまった。けれど父親の国王もアカデミー生だったなら、説得の余地もありそう。侯爵家の令嬢である母親はどうだったのだろうか? 母親がアカデミーで学生生活を送っているイメージが全くと言っていいほど浮かばない。
「母上はどうだったか知ってる?侯爵家出身だし、オレンジの瞳を持っているから一応条件はクリアしていると思うんだけど」
「あまり詳しくはないのですが、王妃様も通われていたそうですよ。お母様と同級生だったと聞いたことがあります」
驚いた、あの宝石が大好きで派手なドレスばかり着ている母親もアカデミーで青春を楽しんでいたようである。
続いて話を聞いていてずっと疑問に思っていたことがあったので、プルメリア嬢にさらに聞いてみることにする。
「魔法と魔術の違いって何かわかる?」
明朗快活に答えていた彼女が少し考え始めた。どうやらかなり難しい質問をしてしまったようだ。
「私の説明が正しいか自信はないのですが、魔法を扱えるのは限られた人だけだと思います。魔力が多かったり扱う才能がなくてはならないのかと。火を生み出したり、手のひらに水を出したりするのは魔法ではないかと。
対して魔術は魔力がほとんどなくても使えるのではないでしょうか。我々はまだ魔力の扱い方を学んでいませんが、魔道具を使うことはできますよね。ただどちらも廃れてしまったモノだと思うので魔力を活かせる方などいらっしゃらないかと思います」
なるほど。俺の瞳は赤だし、魔法を使える可能性が少しはあるみたいだ。錬金術とかは魔術の一種と考えてもいいのか。それにトマが魔道具の寿命が短いと言っていたけれど、魔力を使いこなせる人がいないなら納得である。
そしてフラムは最も気になっていたことをプルメリアに聞いた。
「その、君の膝の上で丸まっている生き物はなに?猫ではないよね」
そう、彼女の膝の上で丸まっている生き物の正体が知りたい。前世で見たホワイトタイガーに見えるが肉食獣なのだろうか?危険だし、プルメリアも心配だ。
「ヴィスティガーと呼ばれる魔獣の一種ですよ。お父様が私が気にいるだろうと連れてきてくださったのです」
歩く魔炎と呼ばれているらしい公爵がプルメリアにプレゼントする図を想像してみる。花やドレスなら想像できなくもないが、魔獣は物騒すぎないだろうか。俺の思う魔獣は毒などを持ち、人間をよく襲う。そしてギルドが討伐依頼を出して、冒険者が依頼を遂行する。そのようなイメージしかないのだが……
「ヴィスティガーは穏やかな性格の魔獣ですよ。お肉ではなく果物や花の蜜しか食べませんし。滅多にお目にかかれない魔獣だそうですわ」
なるほど、流石ファンタジーの世界だ。果物を主食とするトラなど前世ではお目にかかれない。一つ疑問が解消されるたびに、また新たな疑問が湧いてくる。公爵はどのような経路で珍しいらしいヴィスティガーを手に入れたのだろうか? ワシントン条約に引っかかりそうだが密輸でもしたのだろうか?
「公爵はどうやってヴィスティガーを手に入れたんだい? 商人とかにお願いしたの?」
「いえ、お父様直々に連れてきてくださったのです。公爵領でヴィスティガーが暴れていると何件か連絡があったそうで捕まえにいかれたのですわ。残念ながらこの子の親は死んでしまったようですが」
フラムの頭の中では嬉々としてアイオライトが背丈ほどある大斧を振っているビジョンが見えた。死んだのではなく殺したの間違いでは? ただこれ以上深掘りして恐ろしい話を聞きたくないので、名前を聞くだけにとどめることにした。
「その子の名前は決まっているの?」
「デイジーにしました。きっともっと大きくなりますわ」
大きなトラと並ぶプルメリアを想像してみる。絵になる美しい光景だろう。
「失礼します。そろそろお時間でございます」
カモミールがやってきた。あっという間のように感じたが、二時間ほどたっていたようだ。最後にもう一つあたためていた質問をすることにした。
「僕にプルメリア嬢からの手紙をアイオライト卿が届けてくれたんだけど、ひどく急いでいたように感じたんだけど原因知ってる?」
トマと共に首を傾げた日を思い出しながら、フラムは尋ねた。
「ライトはお父様から新しい斧を頂く予定だったので、急いでいたのかもしれませんわ。彼は斧が大好きですもの」
「失礼だと感じられたなら申し訳ない」、とプルメリア言ったがフラムはそれどころではなかった。
迎えの馬車で揺られながら俺はアイオライト卿について尋ねたことを猛烈に後悔しながら、帰路に着いた。
悪役令嬢でもチートヒロインでもなんでもいいです! 奏 @kanade0829
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