第15話 プルメリアは溺れそうになる程愛されている

 王子が王子ではないとは——アイリスの衝撃発言から一番早く復活したのはトパーズであった。

 「王子が王子でないとはなんだ? 王族の血をひいていないということか?」

 アイリスの言葉は簡潔でありすぎたために理解をするのが難しかった。

 「違うわよ。恐らく王族の血は引いてると思うわ。金髪だし紅い瞳は珍しいし。ただ情報をくれた人物がおかしいと言っていただけよ」

 おかしい——確かにカモミールも同じように述べていたがその謎の情報源は信頼できるものだろうか?

 「えっとアイリス様、その情報源は信頼できるのですか?」

 アイオライトの疑問は最もだ。彼は手紙の際に少しだけ王子と会ったが特に口調や態度に違和感を覚えなかった。あの王子が本物でないならば真の王子はどこにいるのだろうか?

 「情報源の信頼度はなんとも言えないのよね。占い師的な人だったのよ」

 このほとんど魔力を生かせず、魔法も魔術も衰退しきった今に占い師とは怪しさ満点である。

 「アイリス、王子は結局何者なんだ?その怪しい占い師とやらによると」

 そう、食堂にいる皆が気になっているのは結局そこなのだ。

 「その人曰く王子は別世界からきた人物ではないかって」

 別世界——カモミールも王子と初めて出た時に同じように思った。その占い師も自分と同じく勘が鋭いタイプなのかもしれない。俄然その人物に興味が湧いてきた。

 「私その占い師とやらに会ってみたいです。どうにかして都合をつけれませんか?」

 己の勘が会うべきだと告げていた。プルメリアを守り抜くために必要な人物であると。

 「会えるように連絡しておくわ、ミール。ちなみにプルメリアに集まりへ出ないようにアドバイスしたのもその人よ」

 アイリスはプルメリアに集まりに出ないように言っていた。情報に精通しているアイリスなら何か意味があるとは思っていたが、まさか占い師の助言だったとは。

 「アイリス、本当にそいつは大丈夫なのか? ライトに護衛させようか?」

 過保護に思うかもしれないが彼女が情報を集めに行くのはなにも貴族の集まりだけではない。城下町やスラム地域、ギルドに治安の悪い居酒屋まで情報のためなら訪れる場所への躊躇いなど微塵も存在しない。それも彼女の血筋を考えると仕方ないが。

 ニュアージュ侯爵家。王国内で目立つことがない歴史だけがある家門といっても問題ない平凡な家だ。社交的ではあるが親しくする家は作らない。そんな家系の裏の顔は情報屋である。この一族にかかれば女性のスリーサイズからさる高貴な貴族のお財布事情まで知ることが可能だ。その侯爵家の中でも一際優秀なのがアイリスであった。人をみる目を養いすぎている。

 だが、いかに彼女が場慣れしていたとしてもトパーズは不安だった。

 「大丈夫よ、トパーズ。怪しい人ではないと思うし次会うときはカモミールも連れていくし」

 アイリスの決意は固かった。なんとしてでも王子の正体を暴きたかったのだ。彼女もまたトパーズと同じ考えだった。自分に直接被害がなければ、たとえ情報があっても助けないことなどザラである。そもそも社交活動などめんどくさいものは彼女は好んでしない。ただプルメリアに害を及ばす可能性があるものは徹底的に潰したいだけだ。

 「他に情報があったら侯爵家から馬が来ると思うわ。お父様もお母様も可愛い孫のためだと張り切っていらっしゃったから」

 とりあえずこの場はお開きにするかとのトパーズの鶴の一声で、食堂での情報共有会議は終わった。

 

 

 カモミールは悩んでいた。なぜ自分はあそこまで王子が気になるのだろうか。王子らしくない非常識な振る舞いをしていたから? 大切なプルメリアの友人になったから? ——否この胸のざわめきはそんなに単純なことではないように思える。王子の名を聞いただけで、不安な気持ちになり次第に怒りが込み上げてくるのだ。

 怒り——瞳で人を差別するような碌でもない王国で苦労をしてきたからだろうか。のうのうと生きている王族への恨みが積もっているのだと無理やり自分を納得させることができる。

 なら、不安はどのように説明したらいいのだろうか? お嬢様が知らない人物と友人になることが許せないのだろうか。己はちっぽけな独占欲に感情を蝕まれているだけなのかもしれない。ただ王子と共にいるお嬢様を見ると己の手の届かないところにいってしまう感覚がしてしまう。

 あの日、感情の起伏がほとんどなく子どもらしくないと、容姿と相まって遠目に見られていた私に手を差し伸べてくれた人。生まれも名前もわからない孤児院育ちの自分に、貴賤など気にせずに交流ができる人。

 よく私はお母様ほどの華やかさがない、表情の変化が乏しいとプルメリアは嘆いているが、己からは美しく触れれば溶けてなくなってしまう程に美しい花のような人である。

 カモミールと自分を呼ぶ声が好きだ。嫌いだった醜い灰色の髪も光が当たると白色に見えるから私とお揃いだと言ってくれるその優しさが好きだ。紫の不気味な瞳を大好きな葡萄に見えてお腹が減ってしまうと笑ってくれる無邪気さが好きだ。プルメリアの花とお揃いの名前にしようとカモミールと名付けてくれる可愛らしいところが好きだ。

 どんな手を使ってでも愛おしいプルメリアを守ってみせる。彼女を守れるならば何と契約したって構わない。命にかえてでも彼女を守りきる。それに強い公爵も奥方もいる。斧使いのアイオライトもだ。きっと大丈夫だ。この不安も怒りも気にすることはないと何度か深呼吸をすると後ろに人の気配がした。慌てて振り返るとそこには愛おしい主人が生き物を抱えて立っていた。

 

 「カモミールを探していたのよ。この可愛い生き物を見てももらおうと思って」

 珍しく満面の笑みを浮かべながら、腕に抱えている生き物を見せてくる。そこには真っ白な毛並みに金色の瞳の魔物がいた。図鑑で見たことのあるトラに似ているような気もしなくもない。

 「この魔物が公爵の仰っていたヴィスティガーの子供ですか。お嬢様が飼われることにされたんですか?」

 「本当はね、ヴィスティガーは滅多に現れない珍しい魔物だから国王様が欲しがっているみたいなの。けれど王宮よりもうちの屋敷の方が広いし、のびのび過ごせるかと思って」

 お嬢様は魔物というワードに大変びびっていたようだが、今は可愛らしさに骨抜きになってしまったようだ。公爵は相変わらず娘の好みのツボを的確におさえた贈り物をしたようである。

 「カモミールはお父様方との話し合いで疲れたでしょう?一緒にお茶にしましょう。あとこの子の名前も考えるのを手伝ってほしいわ」

 楽しそうに彼女は言う。お嬢様を見ると不安も怒りも全てなくなっていく気がする。

 最高の主人に出会えたことを竜に感謝して、食堂から走って出ていくお嬢様を追いかけた。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る