第2話
なんの心配もないなんて、そんなことはなかった。学校までの道のりにある坂道は、途中で激しく息切れする程には長かった。
それはもう、ちょっと気が遠くなるくらい。
春の眩しい朝日の中、大荷物を抱えながら進む羽目になろうとは。毎朝これを登らなくて良いのは確かに得だろう。何かを持ち込むのも面倒そうではあったから先に持ちこむのも合理的ではある…………いや、こんなに荷物が多くなければ、今回はここまで苦労せず済んだんじゃ?
そのおかげで今、校門前の壁にもたれて息切れを起こしているのだし。
「ご、めんて。坂、かなり、キツイかった、でしょ……?」
私の顔から非難の色が見えたんだろう。お母さんは震えながら謝った。もちろん、震えているのは坂のせいだ。
お母さんは学園で教師をしているから坂だって慣れている筈なのに……そう思うとくたびれているのがなんだかより笑えてしまう。しかも、二人して膝をガクガクさせているのが、とてもおかしかった。
「あはは。お母さんが、わざわざ、帰って来ない時があった理由が、分かった」
「登るときは、気合が必要なの、この坂は……」
少し待つと、お母さんの息も整ってきた。私も下ろしていた荷物を持ち直す。お母さんがまっすぐ立てるようになるのを待ってから、やっと大きな校門を通過した。登校するだけでこんなに大変だなんて……この後、何もないと良いな。
「じゃあ、私はまず寮に向かえば良いんだよね」
「彩芽。……本当に一人で平気? あ、あとお守りはちゃんと、常に持ってるのよ」
「うん」
「何か思い出したりしたらすぐ連絡するのよ」
振り返って、お母さんの後ろ姿を眺める。
やっぱり、心配しすぎではあるんだよなぁ。でも、余計な心配をかけているのは、私の記憶に欠けがあるせいだ。だから少しでもいい。ここで過ごした初等部の頃の記憶が思い出せれば、この不安も全て消える。きっと。
「大丈夫」
自分にも言い聞かせるように、口に出してみる。わざわざ編入試験まで受かったのだから。――せめて、記憶を取り戻すきっかけくらいは。
意を決して、学校の敷地内の奥へと進む。寮生か学生たちの朝練か、屋内で動き回っている気配は伝わってきた。まだ早朝なのに、学校は予想通り静まっている……なんてことはなく、どこかから視線は感じる。それなのに、校庭には人気が妙になかった。新学期は明日からだから、部活の生徒もあまりいないのかもしれない。
だんだん、単純に明日からの学校生活にまで不安が湧いてくる。
「こんなんじゃダメだ」
今は明日の始業式のことだけ考えることにしよう。
頭をふって、重たい気持ちを切り替えて足を動かす。早足で歩けば、ちょっとは胸のつかえを振り払えるはずだと思いながら。
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