第1話

目覚ましの音が鳴り響いている。大音量でけたたましいそれへと、寝返りがてら手刀をぶつけた勢いで起きあがった。


「……いたい」


布団から這い出てカーテンを開けた。朝日で部屋を満たす。日光が、暗かった室内にある机や本棚を照らし出した。そうして現実の輪郭が濃くなる一方で、夢の中の出来事が薄れていく。


「うー……」


部屋中を見回しても、何も思い出せなかった。

いつも、何かを忘れている気がする。さっきまで夢を見ていた。それは確かだ。でも、記憶をたどっても答えには辿り着けなかった。通れたはずの場所が急に通行止めにでもなったみたいな感覚に近いんじゃないか。きっと何度同じことを繰り返しても、また同じように忘れてしまうだろう。

そう思ったとき、ふと鏡が目に入った。それが普段より、妙に気にかかった。


「……」


鏡の前に立って着替えながら、自分の顔を眺めてみる。黒い瞳に、背中へと流れる黒い髪。左手の中指が、鏡に触れた。伸ばした手のひらから、腕にかけて走る古傷。額にも、微かに同じような跡が残っている。

いつ付いたものなのかは全く覚えていない。

夢も過去も、思い出せないことなんてごまんとある。なら、思い出せないという点では、過去も夢も同じようなものだ。そうじゃないと……


「彩芽――!! 急いで―――!!!」

「……今行くー!」


階下からお母さんの声が聞こえる。鏡の脇へと手を伸ばして、ドア傍に掛かるハンガーからブレザーを羽織った。ポケットにお守りを突っ込んでから、部屋を出る。


「さすがに、これは荷物多すぎない?」

「寮暮らしなんだから、今のうちに持ち込んじゃうのが良いわよ?」

「いつの間に、何を詰めたの……」

「あの寮はちょっと外出には厳しめだから、大目にね!」

「そうは言ったって……」

「さー、行くわよ!」


お母さんは、ガッツポーズで気合を入れている。明日から新学期だけど、ちょっと張り切りすぎじゃないだろうか? 

私が知らないうちに何を入れたんだろう……。スクール鞄と大きめのリュックが想像よりかなり重い。

階段を駆け下りて、静かな玄関を抜ける。家を出てすぐ見える山の麓には、寄り集まった大きな校舎が建っていた。

そう、今日から編入する鏡守学園高等部は、家からのんびり歩いても徒歩で数分のところにある。こんなに実家が近いなら寮に入る必要もないないのではと、思うくらいには。


「こんなに学校近いんだから、何にも心配ないと思うんだけどな」

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