『風紀委員のご妖事』
陸原アズマ
プロローグ
「すごい! なんで!? なんでアヤメの言いたいこと分かったの!?」
小さな子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
ああ、またこれか。頭が、ぼーっとする。体の感覚さえ分からない。意識がだんだんと声の方に引き寄せられていることだけは理解した。
後になって思い出そうとしても、曖昧な記憶。うろ覚えで、はっきりと思い出せることは全くない。
それなのに、交わした言葉だけはなぜか、いつもよく覚えている。
「もう一回! ねえ、もう一回やって!! ね! いーいーでーしょー!?」
甲高い声は、幼い女の子のものだった。
ジャンプした後に、全身が落ちるみたいな浮遊感。それと、少しの痛み。喉と腕の辺りだ。ここでいつも気が付く。全力で叫ぶこの子供が、私だと。
見事な晴天だった。たぶん季節は夏。あたたかな木漏れ日が差し込む雑木林に、声がよく響いている。私は、背丈の近い男の子を見上げていた。逆光なのか、自分の記憶があいまいなせいか、表情を確認することは一度もできたことはないけれど。
「……いいけど。でも、何度やっても同じだぞ」
目の前の子供が発した穏やかな声は、あっという間に周囲に溶けた。清流のように静かな声音だった。
普通に話しているのになんだか、言語自体がまるで違うみたい。己の無邪気さともまるで違う。
なんだか自分の我がままを見せつけられているみたいで、少しだけ頭が痛くなった。反対に、小さな私の胸がはずんでいるのを感じた。ただ答えてくれたことが嬉しかったんだろう。手を叩くと、キャッキャッと楽しそうな声を上げた。
「せーの、って言ったら! そしたら、またアヤメの言いたいこと当てて! ね!」
「言いたいこと当てられて喜ぶ奴なんて初めて見た。変な奴」
言葉は乱暴なのに、どこか優しい、そして懐かしい声音。それを掻き消すようにざわざわと揺れ出した周囲の木々が立てる音に負けじと、私は声を張り上げ――
「行くよ! せー」
「――い。どこだ! 帰るぞ」
ようとしたが、合図は風に乗ってきた大きな声によって遮られた。その声で、男の子が素早く立ち上がる。そのまま足早に去ろうとする彼を見て、私は小さな足で必死に追いかけた。
前にもこの情景は見たことがあった。だから、私は追いかけても追いつけないこと分かっている。それでも、足は必死になって勝手に動いていた。
「もう、帰らないと」
「まって! もうおしまいなの!?」
突然、男の子が足を止める。さっきまでの物静かそうな態度や口調とは、まったく違っていた。彼は拳を固く握りしめると、心底悔しそうに叫ぶ。
「別に、まだ、本気じゃない!」
相変わらず、どんな顔をしているのかだけは、私には見えない。
でも今回初めて、ほんの一瞬だけ、見えた気がした。あからさまに拗ねた子供の顔と負けん気の強い、色の薄い瞳が。
「この力は、もっとできるんだ!……俺は、ぜんぜんすごくなんかない…………だから、お前にはっ、いつかちゃんと、見せて、やる」
「わかった! じゃあ、約束っ!」
そう言って声を張り上げる子供の自分を、背中から眺める。少しずつ、自分の視点が子供の自分から遠ざかっているのが分かった。そして追いかけるように聞こえた、彼の声も。
「父上が呼んでる……じゃあ」
父という単語を聞く度、胸の引っかかりを覚える。いつも通りのそれを無視して、眠りから覚める際の意識が浮上するような感覚に私は身を任せた。
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