第5話おまけ 【 女の子の悩み 】
Wizardry
おまけ 【 女の子の悩み 】
シェリアの胸は焦がされ焦がされ、それはもう火事の如く燃え盛っているのだった。
「ああ・・・!!!どうしてソルティ先輩はあんなに格好いいんだろう!!!」
魔法界の一角にある図書室にある机に顔を伏せながら、足をバタバタと動かせて、抑えきれない興奮を何とか抑えようとしている。
良いのか悪いのか、お昼という時間でもあるからか、図書室は静まり返っていて、シェリアの独り言が延々と響き渡っていた。
「あ~・・・やっぱりライバル多いのかな?そういう話って聞かないけど、みんなきっと狙ってるんだろうな・・・。」
ゆっくり顔をあげて視線を下に向けると、自分の無い胸にため息が出る。
ぺたぺたと自分で触ると、無い事をさらに自分で確かめるだけになってしまい、希望もへったくれもあったものじゃない。
毎日大きくなる様にと願っている、大きくなると聞いて豆乳も飲んでいる、女性ホルモンに刺激を与えようとピンクのものを集めている・・・・・・。
二の腕やお腹にはプヨプヨとしたお肉がついているのに、どうしてこうも欲しい場所に来ないのだろうと、ただただ落ち込むばかり。
お肉をもっとつけなさいと母親に言われ、カロリーの高い物も沢山食べてきたが、胸には全くと言っていいほどつかない。
「私の胸には、防肉効果でもあるのかな?」
まるで防水加工がしてあるかのような言い方をするシェリアは、至って真面目だ。
太ももも触ってみるが、必要以上にお肉がついていて、さらに下へと腕を伸ばしてふくらはぎを揉めば、ムッチリとしか言いようの無いお肉がついている。
「ねえ、どう思う?」
ふと、ここまでシェリアが独り事を言っていたが、何も此処にはシェリアが一人でいたわけではない。
図書室には、シェリアの他にもう一人、海斗がいて、この二人以外は誰もいなかったのだ。
先程から、海斗の存在など無いかのように独り言を言い続け、海斗もそれを聞き流して本を読んでいたのだ。
「俺に聞くなよ。そう言う事は空也に聞いた方が早いと思う。」
「あの人は変態なだけでしょ!!真面目な意見なんて言ってくれるわけないじゃない!!本気で悩んでるのに!どうして私の周りの女の子は、細くて胸だけボーンって出てるのに、私はその逆なのよ!?」
両胸を自分の手で大袈裟に山を作り、女友達の胸の大きさを表現しているが、大袈裟すぎて良く分からない。
「あ、キャベツ食べるといいらしいぞ。」
「やったわよ!そんなのもう遠い昔にやったのよ!!!来る日も来る日もキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツ・・・・・・・!!!!!!なのにこの結果よ!もはや、私の胸には何も効かないの!!?」
「き、気持ち悪い・・・。揺らすな。」
海斗の胸倉を掴みあげてグラグラと前後に動かしていると、海斗の顔からは徐々に血の気が引いていく。
ようやく止まったかと思うと、シェリアはまた自分の胸をぺたっと触る。
「・・・・・・。少し太った男の人の方が、きっと私より胸があるわ。」
「ああ、お相撲さんとかな。」
「前にランジェリーショップに行ったんだけど、お店の人に『測定してみましょうか?』ってニッコリ笑っていうものだからやってもらったの。そしたら苦笑いでね、『あ、あのお客様。このサイズでしたら、付けなくてもなんら支障ないと思います、』・・・・・・ですって!!!!」
その時の状況を思い出したのか、シェリアはまた海斗の胸倉を掴んで、乱暴に揺すろうとしたが、そんな気力も無くなってしまったようだ。
ワンワンと泣き出してしまいそうになったシェリアに困っていると、図書室に空也が入ってきた。
黒ぶちの眼鏡をかけながら、本棚を指でなぞる様にして目的の本を見つけると、ペラペラと捲ってまた本棚に戻した。
助けを求めるようにじっと見つめていると、視線に気付いたのか、空也が海斗の方を見た。
「何してんだ、お前らが図書室に用事とはな。」
「シェリアにアドバイスを与えてやってくれ。まともで真面目で紳士的で未来ある若者を傷付けない内容のものを・・・。」
「あ?」
簡単に事情を聞いた空也は、シェリアの肩をポン、と叩き、真剣な眼差しを向けてこう言った。
「シェリア。」
「なによ。」
「諦めも肝心だ。」
「・・・!!!なっ!!!?」
本棚から取り出した本をシェリアの胸にピッタリとつけて、その胸の厚みの無さを空也も確認すると、その場から去っていった。
顔を真っ赤にしたシェリアは、口をパクパクさせて立ちつくした・・・・・・。
「だから、悪かったって。空也に頼んだ俺が間違ってたよ。」
「・・・・・・。」
「もう暗くなるから、帰るぞ。送って行ってやるから。」
「・・・・・・。」
「はぁ・・・。おい、シェリア。いつまで拗ねてんだよ。」
「・・・・・・拗ねてないもん。」
じめじめした裏庭の隅に、両膝を綺麗に折り、膝に顔を隠しているシェリアは、空也の言葉で酷く落ち込んだようだ。
このまま放っておいたら、シェリアの身体からはキノコが生えてきてしまいそうだ。
「ほら、帰るぞ。」
本来、放っておいても平気なのだろうが、そこまで薄情な人間には育てられていない海斗。
何とかシェリアを立たせようと試みるが、手を差し伸べても見向きをされず、髪の毛をぐちゃぐちゃにしても直そうとしない。
自慢のツインテールも、ゴムが緩んできてお世辞にもきれいとは言えない状態だ。
少し肌寒くなってきたからか、くしゅん、と小さくくしゃみをしたシェリアに、海斗は仕方なく羽織っていた上着をかけてあげる。
こう言う時、どう声をかけて良いのか分からず、といっても、海斗に胸の大きさで悩んでいることを相談したこと自体が間違いだったのだ。
女の子同士で話しても埒が明かないと思ったのだろうが、海斗を選んだのは気紛れだそうだ。
「先に帰っていいよ。」
「はぁ?お前なー・・・。」
もう面倒臭いから、このまま帰ってしまおうか、でも、このまま言葉通りに帰ってしまったら、きっとシェリアに人でなしと言われる事だろう。
空也なら帰ってしまうだろう、ナルキならずっと声をかけ続けるだろう、ソルティならずっと隣で待っていることだろう。
どうしようと考えていると、頭上から声が聞こえてきた。
「海斗?そこで何してるんだ?」
天の声だと思いバッと顔を勢いよく上げると、そこには、今の海斗にとっては歴代の英雄達よりも後光を放っている人物がいた。
「ソルティ先輩!!!!!!!」
海斗の叫び声を聞き、驚いた表情をしながらも笑い返してくれたソルティは、海斗の傍で蹲っている“誰か”に気付く。
「あれ?そこにいるのは・・・シェリアちゃん、かな?」
泣き顔を見られたくないのか、シェリアは顔を上げようとせず、蹲ったままだ。
海斗が困っているのを感じ取ると、ソルティはフワッと軽やかに海斗とシェリアの近くに飛び下りてきた。
「?どうかしたの?」
シェリアには聞こえないように、ソルティの腕を掴んで少し離れると、空也の時と同じように簡単に説明をする。
柔らかい笑みを浮かべて「成程ね」と言うと、ソルティは未だ不機嫌なシェリアの許に寄って行った。
ソルティは肩膝を地面につけると、首を傾けてシェリアの顔を覗きこもうとする。
その時、シェリアのぐじゃぐじゃになってしまったツインテールに気付き、長い指を妖艶に滑らせて、綺麗に結い直した。
「シェリアちゃん、そんなに気にする事無いんじゃない?」
「・・・・・・でも、ぺったんこすぎます。」
一向に顔をあげる気配の無いシェリアに、ソルティも困ったように笑いながら髪の毛を軽くかいた。
夕陽が西に沈みかけていく時、夕陽を背にしてソルティがシェリアに声をかける。
「胸が小さくても、シェリアちゃんは魅力のある女の子だと思うよ?なんでそんなに悩んでるのかは分からないけど、もっと自信もって良いと思うな。ね?シェリアちゃん?」
ソルティとシェリアから少し離れた場所にいる海斗だが、顔の見えないシェリアの頬が緩んでいるのが容易に想像出来た。
しかしまだ顔を上げることはなく、ソルティもいよいよ困ったという表情を浮かべていると、ゆっくりだが、シェリアが顔を上げ始めた。
「・・・・・・。けど、先輩だって、胸の小さい子よりも大きい子の方がいいでしょう?」
「俺?ん~・・・考えた事無かったな・・・。」
「胸無いくせに他のところポヨポヨしてるより、胸は柔らかくて腰とか足とか腕とかは細い方が、男の人ってグッとくるんですよ・・・。そういうものなんですよ・・・。」
「なんか、具体的な話になってきたね・・・。男の人がみんなそういう感性かどうか、俺には分からないけど。」
「みんな、サイズが大きくなったっていう話をしていて、下着を身につけるだけの必要性を持つ、という最初の難関を簡単に突破しているんです!!!私だけその輪に入れずに、Aカップにすらも届かない胸を嘆く日々・・・。もういいんです・・・。」
折角憧れのソルティに励ましてもらったというのに、今回のシェリアの心の傷は思った以上に深いらしく、なかなか動こうとしない。
これも空也のせいだと思いつつ、海斗自身、何も出来ない事も知っている。
そして、シェリアは自らの胸の小ささを暴露していることに気付いたが、今更取り消す方法も無く、ただ顔を伏せるしかなかった。
恥ずかしいのと悔しいのと、顔を上げればすぐそこにソルティの顔があることも、顔を伏せる要因になっているのだが、ソルティは知らない。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい沈黙が続いたかと思うと、ソルティがシェリアの頭を数回撫でる。
「女の子の気持ちなんて分からないけど、俺は少し肉付きが良い方が好きだな。それに、シェリアちゃんの髪の毛、猫っ毛ですごく可愛い。魔法の練習、コツコツ真面目にやってる頑張り屋さんなシェリアちゃん、すごく素敵だよ?」
「・・・!!!!」
一年間の、いや、下手をすれば一生分の運を使い果たしたのではないかと思うくらいの、嬉しい言葉をかけられて、シェリアの顔はボンッ、と音を出して赤くなる。
ニッコリと笑い掛けられたシェリアは、差し伸べられたソルティの手を無意識に掴み、そのまま家まで送ってもらった。
そんな二人の後姿を見ながら、海斗は思った。
「・・・・・・俺の上着は?」
翌日、ルンルンとスキップをしながら海斗の許まで来たシェリアは、海斗に綺麗に畳んだ上着を返す。
「なんだ、すっかり元に戻ったな。」
「フフン♪まあね!」
なんだか良く分からないが、あんなに面倒臭い女になっていたシェリアを、ここまで完全に回復させるソルティはすごいと、ただただ思った。
上着を渡して、海斗に昨日のソルティの素晴らしいところを海斗に説明をし始めたシェリアだが、そのマシンガントークを止めた者がいた。
「おー、なんだ。昨日とは打って変わって、だな。」
昨日シェリアの機嫌が一層悪くなった原因となった男、空也が、今度は縁なしの眼鏡をかけながら近づいてきた。
「聞きなさい!!貴方とソルティ先輩の人間性、そして男としての違いを!!」
「は?何言ってんの、お前。ペチャパイのくせに。」
「セクハラで訴えてやるわ!!!それに、私は生まれ変わったのよ!」
「ほー・・・。」
ソルティの言葉で自信を持ったのか、今のシェリアには胸の小ささをいじっても、何の効果も無い様だ。
満面の笑みを見えるシェリアに近づくと、空也は悪びれも無く、服の上からシェリアの胸を触った。
「なっ・・・!?」
「・・・女の魅力の欠片も無いお前に同情するよ。」
一瞬だけだが、確かに触って大きさの確認をすると、まるで男性の胸を触ってしまったかのような不愉快な表情を浮かべていた。
そのままスタスタと何事も無いかのように離れていくと、去り際にこう言い放った。
「あ、そうだ。シェリア!揉んでもらうと多少でかくなるらしいぜ!」
ケラケラ笑いながら去って行ってしまったその場に、口を大きく開けて立っているシェリアを心配そうに海斗が見ると、わなわなと振るえていた。
顔を真っ赤にして、拳をギュッと握りしめ、肩を揺らしながら肺一杯に息を吸い込むと、すでに姿の見えなくなった空也に向かって叫んだ。
「こんのおぉぉぉッ・・・!!!!馬鹿野郎―!!!!!!」
たまたま近くを通りかかったソルティが、シェリアが空也に殴りかかっているのを見たそうだ。
「本当に、元気な子だなぁ・・・。」
Wizardry maria159357 @maria159753
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます