今日も晴天、お屋敷も平穏なり!
「奥様~! そろそろひと息入れるお時間ですよ~」
ドアをノックする音とともに、ラナがやれやれというあきれた顔で顔をのぞかせます。
熱々のお茶と、ヒューイッド家の自慢のとびきりおいしそうなスイーツを乗せたトレイを手に持って。
「はぁい! 今片付けるわ、ラナ」
ふぅ、と大きく息をつき小刀をテーブルに置くと、ラナの元へと向かいます。
「今日は、奥様の大好きなコンポートですよ。これで疲れを取ってくださいませ」
「ありがとう、ラナ。ああ、いい匂いね!」
ハーブティとコンポートの甘い香りが相まって、たまりません。
「注文が三年先までびっしりなんて、さすがは王妃様お墨付きの工芸作家様です!」
どこか鼻高々といったように胸を張るラナに、苦笑します。
「一体作るのに最低でも数ヶ月かかりますって言っても、皆さんいくらでも待つとおっしゃるから。こんなにたくさん注文をいただけるなんて、思ってもみなかったわ」
「そりゃあそうですよ。あんなに素晴らしいんですもの。しかも、隣国にまでその名が轟いているんですからね。当然です!」
あの夜会以来、私の生活は一変しました。
これまで世間から身を隠して生きてきた私が、まさかこんなに注目を浴びることになるなんて。
本当にわからないものです。
「でもご無理だけはダメですよ! 旦那様にもくれぐれも無理をさせるなと言われておりますからね」
「分かっているわ、ラナ。……ところで、明日のピクニックの予定なのだけれど」
明日は制作をちょっとだけお休みして、ジルベルト様と恒例のピクニックをする予定なのです。
「ええ、すっかり準備は整っておりますよ。食べ物も飲み物もたっぷり、もちろんセリアンたちの分もご用意してます」
「ふふっ。ありがとう。それは楽しみね。お天気も良さそうだし」
きっとにぎやかな一日になることでしょう。
この日ばかりは使用人の皆も、一緒になってのんびりするのです。
楽しい時間は皆と一緒がいいに決まってますからね。
そして翌日。
雲ひとつない晴天に、吹き渡る気持ちの良い風。芝も野草も花たちも、太陽をいっぱいに浴びてキラキラと輝いています。
まさに、絶好のピクニック日和です。
そして動物たちのコンディションも、絶好調なようで。
ブヒイイイイイイインッ!!
ワオオオオオオオオンッ!!
セリアンが気持ちよさげにいななき。
オーレリーはといえば、まるでボールのように弾みながら人の間を縫って走り回ります。
「こらっ! オーレリーったら、危ないわよ。私、熱々のスープを持ってるのにっ」
ラナがスープ鍋をかろうじて死守しながら、叫び。
「ちょっとセリアン! 敷物の上に寝っ転がらないちょうだいな。ここは人の座る席なんだから!」
「あ、ねぇ! こっちにももう一つお皿がいるわっ。あ、あとお野菜も足りなさそうよっ」
皆がせわしなくピクニックの準備に追われる中、動物たちは相変わらずのんびりまったり思い思いに過ごしています。
気づけばモンタンはラナのお膝に陣取っていて、そのかわいさにラナの顔が溶けています。
「もうホントに、どうしてモンタンったらこんなにかわいらしいんでしょうねぇ! この耳の後ろのやわらかい毛のふわふわ具合なんて、もう……!」
わかりますわかります。そこに顔をうずめると、お日様みたいないい匂いがするんですよね。
そしてそのかたわらでは。
「バルツ……? あなたそのシャツ、どうしたの? くっきり蹄の跡がついているけど……」
どう見ても、前脚を胸で受け止めたようにしか見えないのですが、バルツはなぜかにこにこ顔で。
「先ほどセリアンがじゃれついてきたんですよ。いやぁ、やはりセリアンはかわいい馬ですなぁ!」
「あ……そ、そう? まぁ、あなたが嬉しいなら別にいいのだけれど……」
ふと、門扉の開く音に気がついたオーレリーが元気よく駆け出します。
その後に、バルツたちも続きます。
もちろん、私も。
「「「「おかえりなさいませっ! 旦那様っ」」」」
いつもより明らかにテンション高く使用人たち皆に出迎えられ、ジルベルト様が苦笑しています。
私もくすくすと笑いながら、ジルベルト様のそばに寄れば。
「ただいま、ミュリル。待たせてしまったかい?」
「いいえ。つい今しがた用意が整ったばかりです」
ぎゅっとジルベルト様の手を握り、庭へと連れ出します。
「さぁ! 皆でピクニックをはじめましょう! いっぱいいっぱい楽しみましょうねっ」
高らかに宣誓すれば、明るい歓声が上がります。
「ふふっ。皆大騒ぎだな。まさかこの屋敷が、こんなににぎやかに変わるとは」
「にぎやか過ぎますか? やっぱり静かな方が……?」
ふと心配になり、ジルベルト様の顔をのぞきこめば。
「いや、たまにはこれくらいにぎやかなのも悪くない。皆、幸せそうだしな。それが一番だ」
ジルベルト様の言葉に、にっこりとうなずいた私は。
その背後の光景に息をのみました。
「あっ、大変ですっ! ジルベルト様、髪のリボンが……!」
見れば、柵から頭を突き出したセリアンがむしゃむしゃとジルベルト様のリボンを食べている最中でした。
せっかくのきれいなリボンが、よだれまみれです。
「こら! どうしてお前はいつもジルベルト様のリボンを食べたがるの? あっ、ダメ! 髪も一緒に噛んじゃだめだったら!」
慌てて止めるも、セリアンは涼しい顔で口からリボンをはみ出させたまま。
「……いいんだ。ミュリル」
必死に止めようとする私を、なぜたかジルベルト様は静かに制します。
そして、半ばあきらめたようにちらり、とセリアンの方を向くと。
「代わりのリボンは常に携帯してある。……セリアン、何が楽しいのかは知らないが、今日は無礼講だ。好きなだけ食べていい」
「ジルベルト様っ! いえ、そんなのダメですっ。ああっ、もうセリアンったら!」
こんな調子で、ピクニックははじまり。
庭中に響く、あふれる笑顔と笑い声。
尽きることないおしゃべりと、セリアンたちの鳴き声と。
どこまでも気持ちよく晴れ上がった空をジルベルト様と見上げ。
私は。
「ジルベルト様?」
「ん?」
「私たち、これからもずっとこんなふうにゆっくりのんびり行きましょうね!焦らず、ゆっくり。私たちらしく」
はじめは、共感と生まれたばかりの小さな信頼、そして利害が一致しただけの契約婚でした。
けれど、今は違います。
私の隣りにいるのは、奇妙な縁で結ばれた大好きな人。
「ああ、そうだな。ずっとこうして、ゆっくり一歩ずつ進んでいこう。そしてどんな時も、お互いのお守りでいよう」
「はい! ……旦那様。大好きですっ」
そうそっと耳元でささやけば。
ジルベルト様の耳が真っ赤に染まり。
「……わ、私も……だ……」
「だ……?」
「だ……大好きだ」
その、小さいけれど確かな言葉に。
私たちはおそろいの真っ赤な顔で、おでこを寄せて笑い合うのでした。
◇◇◇◇
後世に伝わる、こんな話がある。
国を愛した名宰相として名を残した、ジルベルト・ヒューイッド。
そして、木工芸術家として名を馳せたその妻ミュリルは。
その生涯を、諸外国とりわけ隣国との友好に尽力したという。
そして、まだ若く末子でありながらもその優れた資質を認められ、次代の為政者に任命されたアリシア女王の即位式では。
今にも元気に跳ね回りそうな、うさぎの立派な彫像が贈られた。
……という記録が残っているとか、いないとか。
そして二人の余生については、民間伝承ながらこんな記述も残っている。
自然に囲まれた、のんびりとした地へ移り住んだ二人は。
その後も、たくさんの動物たちとともにいつまでも仲睦まじく暮らしたという――。
【書籍化進行中】完全別居の契約婚ですが、氷の宰相様と愛するモフモフたちに囲まれてハピエンです! ~男性恐怖症と女性恐怖症がこの度夫婦となりまして あゆみノワ(旧nowa) 書籍化進行中 @yaneurakurumi
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