そしてあなたとファーストダンス

 



 軽やかな調べに乗って、私たちは手を取り合い。

 ゆっくりと会場の真ん中に歩みだすと。


 観衆が息をのんで見つめる中、踊りだします。



 

 ルース様にたくさんレッスンしていただいて。

 そして、新婚旅行で心がまた一歩近づいたせいでしょうか。


 あのぎくしゃくとしたぎこちない動きが嘘のように、ジルベルト様のリードが頼もしく。

 背中に回された手から伝わる熱が、どこか嬉しく気恥ずかしく。


 けれど身を任せるようにふわりふわりと舞うように踊れば。


 会場のあちらこちらから、ため息のような声が聞こえてきます。

 それとともに、観衆の熱い視線が私たちに注がれているのが分かります。


 けれど私の視界に見えるのは、濃紺の世界。

 向き合った人の顔もはっきりと判別できないくらいに重ねられたベールでは、ジルベルト様のお顔は見えません。 


 それでも、私には分かるのです。

 今ジルベルト様が、どんなお顔をなさっているのか。

 

 ふわり、とターンをした瞬間ジルベルト様と視線が合い、その顔に浮かんだ甘さと溢れんばかりの優しさに気恥ずかしさと喜びで微笑みあえば。


「まぁ……なんて仲睦まじい……」

「さすがは噂の純愛夫婦ねぇ……。いいわぁ」


「まぁ……ご覧になって。あの氷の宰相が、あんなに優しく微笑まれて……」

「あれは冷たい氷なんかじゃありませんわね。甘い甘い氷砂糖ですわ」


「ああ、うらやましいわ……。私もあんな方と純愛を……」

「あら、いやね。あなた結婚なさってるじゃありませんの。不穏だわ」

「え? あら、そういえばそうね。うふふふ……」


 あちこちからほう、ともはぁ、ともつかない感嘆の声が聞こえてきます。

 


 くるり、くるり。

 そしてふわりとドレスの裾を翻して軽やかにターンをしてみせれば。


 ジルベルト様のお顔が一層甘くふわり、と微笑まれたのが見えました。

 その甘さに胸をどきりと大きく跳ねさせつつ、この幸せなひと時を噛みしめるのです。



 そしてまた聞こえる、興奮気味のざわめき。


「あのベールも神秘的で奥ゆかしくて、素敵ねぇ……。私も試してみようかしら」

「私、さっそくお抱えの職人に作らせることにしますわ! あれはきっと流行りましてよっ」


「それに急いでセルファ夫人に作品の予約を取り付けくてはいけませんわ! なんといっても王妃様お墨付きですもの」

「争奪戦必至ですわね」

「うちの主人が宰相様に作品を見せていただいたらしいのですけど、それは素晴らしかったと興奮してましたわ」

「まぁ! 私もぜひ見てみたいですわ。どこかに展示してくださらないかしら?」


「それに私、ある噂を聞きましたのよ。ミュリル様の作られるものにはなんでも幸運のご利益があるとか……」

「あら、私は家内安全と聞きましたわ」

「え? 恋愛成就ではございませんでしたかしら?」


「まぁ! 本当ですの? なら私はとびきり大きな大作をお願いしようかしら」

「夫婦の寝室に置いたら、おふたりのように仲睦まじくなれるかしら……?」

「それは大事ですわね。やっぱり伴侶とは仲良くしていたいですもの」

「……それはまた、争奪戦必至ですわね! なにがなんでもぜひに、手に入れたいものですわ」


 

 以前にも聞いたことがあるような、ご利益だの恋愛成就だのといった言葉が聞こえてくるのはなぜでしょう。

 何やら嫌な予感とともに、気にはなりますが。



 思わずそれにくすり、と笑いをこぼし、私たちはきらびやかな光を浴びて、夜会でのファーストダンスを心ゆくまで楽しむのでした。





 そして、それからしばらくたち。


 その後の私たちは、といえば――。





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