第5話 昔の夢を見た。旅をする前の夢。

 ――どうして切っちゃうの?



 もう、決まった事だから。今年の冬はいつになく寒く、薪の消費も早い。この木を切らなければ、我々は今年の冬を越せないだろう。



 ――でも春になれば、綺麗な花が咲くんだよ?



 知っているが、だからといって木を切らない訳にはいかない。綺麗な花を見るだけの為に、他の人達を巻き込めない。たとえ薪にしたとしても、この木が花を付ける春まで我々が生き残れるかどうかは分からないんだ。



 ――好きなんだ、この花が。僕にとって大切な・・・・・・



 大人になれ、シタル。綺麗な花を見るよりも、冬を生き残る事の方が大事だ。

 手にした斧が、幹へ食い込む。

 木が倒れる瞬間、僕は目を覚ました――



      ◇



「最悪の目覚めだ・・・・・・」


 寝袋から起き上がり、僕は独り言ちた。


 あの日、父親の言った事は何一つ間違っていない。

 でも、どうしても僕は納得できなかった。

 間違ってはいないけれど、それだけで生きていくのは違うように思えたから。


 確かに、僕らは生き延びなければいけない。

 けれども、大事な木を切って大切な物を失って、それでもただ生きなければならないのは、何処か違うような気がした。上手く言い表す事は出来ないけれど、ただ生きているのは生きている事にならないと思えたのだ。


 きっと、彼女なら、ディナなら気の利いたことが言えるだろう。けれども僕は彼女と違って頭が良くないから、言葉に霧が掛かって適当な言葉が見付からない。


「・・・・・・そういえば、ディナはどうしたんだろう?」

 ディナが寝ていた寝袋は何処にも見当たらなかった。朝早くキャンプを発ったのだろう。別れの挨拶もないとは薄情だと思ったが、昨日の一件から考えると無理な話のように思えた。


 僕が薪を置いていた場所に、僕の拳銃が置かれていた。昨日ディナに預けた物だ。自分の武器を他人に預けるなんてどうかしているが、結局僕はあの後彼女に銃の整備を依頼した。

 握り込んだだけで、よく分かる。彼女の仕事は完璧だ。試しに弾倉へ弾を送り込んで、引き金を数回引いてみる。しばらく前から感じていたジャリジャリ感がなくなっていた。遊底にがたつきはなく、規則正しく撃鉄が下りる。弾はぶれることなく狙い通りの所へ命中し、薬莢が地面に転がった。


「さて、僕はどうするかな」


 ホルスターへ銃をしまうと、僕は欠伸を噛み殺した。まだ食料に余裕があるし、今日一日はこのキャンプでのんびりと過ごすのも良いかもしれない。何しろこの数日、ディナと一緒で目まぐるしい日々だったから疲れが溜まっている。


 それに、僕は焚き付けの上でナイフにファイアー・スターターを擦り火花を飛ばしながら思う。

 ひょっとして此所でこうして過ごしていたら、もう一度彼女に会えるかもしれない、と。


 馬鹿みたいだと、自分でも思う。

 今日発つと、彼女は僕に言ったのに。


 でもあんな夢を見た後だから、どうしても会いたくなったのだ。

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