第4話 風呂と拳銃、明日には発つ彼女からの餞別。
風呂を作ろうと、ディナは言い出した。
確かに水浴びをするには寒い季節だが、少し唐突な気もした。というのも、この街で風呂を作ろうにも水源には少し遠いからだ。何か策があるのかと思って期待したが、特にこれといった策はなく、結局二人で何往復も掛けて沢山の水を運ぶ羽目になった。
終わったときには、もう真夜中。僕は額の汗を拭い、山のように積み上げられたポリタンクを僕は眺める。
「運良くこんなにポリタンクが見付かって良かったよ。でなければ朝まで掛かった。そう言えば、浴槽はどうするんだ? ドラム缶とか、この辺になかったけれど」
「そんなモノなくても、コレがあれば大丈夫だよ」
僕らのキャンプ地からほど近い場所の地面を適当な深さまで掘り、上からタープを上から被せて四方をペグで固定する。後はどんどんそこにポリタンクで運んだ水を入れていけば、タープが邪魔して土が水を吸わないという寸法だそうだ。
「ちょっとストップ、これ水でいいのか? どうやってこの水を沸かすんだよ?」
「焼いた石を浴槽に放り込めば良いじゃん」
「ああ、成る程・・・・・・って、熱で穴が空かないか、それ」
「何回かやった事あるし、大丈夫でしょ」
「本当かな・・・・・・」
不安ではあったがそれ以外に良い考えも思い付かず、僕は渋々了承した。
しかし、今度は肝心の石である。此所は街中、瓦礫はあっても石はない。散々探し廻って、ようやくビルの入口で手頃な石を見付けた。彼女曰く、壁に石を埋め込むのが当時の流行だったそうだ。
「不便だよね・・・・・・色々」
焚き火に放り込まれたを石を見つめながら、徐にディナは口を開いた。
「街ってのは本来、人間が暮らしやすくする為に構築された所なのに、こうなっちゃうと凄く不便。地面はアスファルトで覆われているから食べられる草も少ししか生えないし、実がなる木だって育たない。昔は蛇口を捻れば水が出たのに、水だって水源まで行かないと駄目。不思議な話だよね、本当」
だから今を生きる僕らは、
昔では不便だと敬遠された郊外で、新たなコミュニティーを作って細々と暮らしている。自然の側でないと、今の僕達は生きられない。薪になる木々が生い茂る山や森、水を確保する為の川が流れていなければ生活が成り立たない。農作物を収穫する為にも
僕らにとっては不便だけれど、曾ては便利だった街。要するに食べ残し。今では人の気配が微塵も感じられないビルを見上げ、僕は口を開いた。
「じゃあ、次に街を作る時は世界が壊れても暮らしやすい街を作るしかないな」
「それもそうだね」
枝で石を掴んで放り込む。十に届く程入れると、水は
「・・・・・・わたし、そろそろこの街を
「突然だな」
「多分、この街にわたしの探している物はなさそうだから。明日別の場所を探して、なかったらそのまま街を出てくよ」
ニッと笑ってディナは言った。
「楽しかったよ、この数日。助けてくれた事も感謝しているし、ご飯も毎日美味しかった。久しぶりだな、こんなに人と過ごして面白かったのは」
「そりゃそうだろう、そもそも人が少ないんだから。その少ない人に街で偶然出会ったとしても、大抵は食料や物資を奪い合う為に殺し合うのが関の山。実際、僕もディナに出会うまで他人とは積極的に関わらないようにしてきたし」
もっとも、僕が他人と関わらないようにしてきた理由は、それだけではないのだけれど。
苦手なのだ、昔から。人と関わるのが好きではない。協力しなければ生きていけない世界で、おかしな話だとは自分でも思うのだけれど。
「それ、わたしも同じ。なんだか不思議だね」
「・・・・・・聞きたくなったんだけれど」
笑うディナに対し、僕は問うた。
「ディナは一体何を探しているんだ? 何となくだけれど、蒸気機関みたいな物とはちょっと違う気がするんだよね」
「うん、正解。探しているのは発明品の材料じゃなくてね、修理に使う部品なんだ」
言うと、ディナは自分の背嚢から四角い箱を取り出した。
やはり何に使うのか、全く分からない。
「大部分の修理は終わっているんだけれどね、どうしてもカートリッジだけが見付からないんだよ。自作することも出来ないから、当てを付けて色々な街を探し回っているんだけれど、やっぱり難しいみたい」
あはは、と笑ってディナは後頭部を掻き毟る。
「わたしは修理じゃなくて作る事を目的にしているから、これはちょっとわたし的にはルール違反なんだよね。きっと次壊れたら、もう直せないと思うし。でもコレはわたしが旅に出たきっかけだから、どうしても直したいんだ」
きっかけ、か。
そういえば、と僕は彼女の顔を見た。この世界で一人旅をしている人間は少ない。孤独は死と直結している。助け合わなければ生きていけない世界で一人旅をしている人間は、紆余曲折の結果コミュニティーから爪弾きにされた人間だ。僕なんかがその典型だが、彼女もまたそうなのだろうか?
似たもの同士。
――そんな訳、ないだろう。
僕は彼女と違う。目的もなく、ただ彷徨っている僕とは。
「スケベ」
「え?」
唐突なディナの言葉で、僕は我に返った。
「そろそろ、お風呂入りたいんだけど」
「分かった。じゃあ、僕はキャンプへ戻るよ」
踵を返す僕へ向けて、「ちょっと待って」とディナは呼び止める。
「銃、出しておいてよ。見た感じ大分ガタが来ているみたいだから、整備してあげる」
「え・・・・・・」
武器は命綱。それを渡してしまって、本当にいいのだろうか。
彼女の事は信用している。けれど命綱を託せる程は信頼していない。
していない・・・・・・筈だ。
「お礼のつもり、だったんだけど駄目かな? まあ、気が向いたら出しておいてよ。ちゃんと弾、抜いておいてね」
「うん・・・・・・分かった。出しておく」
答えると、僕はキャンプへ向けて歩き出す。
歩きながら、考える。命綱を渡す事を悩むぐらい、どうやら僕は無意識のうちに彼女を信頼しているようだ。僕は、ディナの事を何も知らないのに。
「ねぇ、ディナは――――」
どうして旅に出たの、と聞いてみたくて振り返る。
「ひゃっ――――――」
瞬間、服を脱いだディナと目が合った。
わなわなと身体を震わせて、僕を涙目で睨み付けている。
「あの・・・・・・どうして旅に出たのかなって・・・・・・」
「馬鹿ァ――――――――――ッ!!」
この前AVを見付けたときには理解出来なかった事が、今ようやく理解出来た。
女の子は、裸を見られるのが嫌らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます