第3話 ディナの話は僕には半分も分からない。
あの日から、三日が経った。
夜が明けたらディナと別れるつもりだったのだが、何となくもう少し彼女と一緒に居たくなったのだ。食料の心配が脳裏を
道端の野草だけではない。缶詰や乾パンも、少し探すとこの街には沢山あった。皆は店や倉庫跡しか探さないから、見付からないんだよ。彼女は隠し戸を壊しながら、得意げに言った。混乱期に食料を奪われないように隠した痕跡、らしい。隠し場所が分かっているなら、行き倒れる必要なんてなかったんではないだろうか。
「街に着いた途端に銃撃戦だもん。無理だよ、探すのは」
乾パンの缶を抱えながら、ディナは口を尖らせた。
「凄かったんだから、本当。ババババって響いてからグオーってなって、もう大変だったんだよ」
「ババババは分かるけれど、何でグオーなんだよ・・・・・・」
缶詰を鞄に詰め込みながら、僕は半眼で言う。
「そう聞こえたんだから、仕方がないでしょ」
やはり、彼女はよく分からない。
一緒に過ごして、四日目。思った以上に、彼女は
崩れた鉄骨剥き出しのビルに平気で侵入し、訳の分からないガラクタを回収する。きちんと足場のある所ならばまだいいが、大体は行き当たりばったりの適当な散策。僕が死にそうになったのは、一度や二度の騒ぎではない。
僕だって旅に出てから一年以上経過している。それなりに危険な場所だって潜り抜けてきた。それでも、ディナに着いていくのは至難の業だ。しかしそんな難所でも、彼女はいとも
「んー、結構探し回っているんだけれど見付からないね」
瓦礫が散乱した店内を這うように歩き回りながら、呻くようにディナは言った。
瓦礫の中に、キラキラ光る円盤が無数に落ちている。CDって言うのだと彼女は教えてくれた。あっちがDVD。CDは音楽を聴く為の物でDVDは映像を見る為の物だと言ったけれど、僕にはどちらも同じ光る円盤にしか見えなかった。
「此所、CDショップみたいだからあると思ったんだけどな」
散らばったCDやDVDの山を掻き分けるが、目当ての物は見付からないらしい。
「これだって、文明の証みたいな物なんじゃあないのか?」
「まあそうなんだけれどね、再生する機器を修理するのはとても難しくてわたしの手には負えないんだよ」
CDを拾って問う僕に、ディナは店内を掻き分けながら言った。
「それに、わたしがしたいのは修理じゃなくて、一から作り出す事なんだ。皆が作って使える物じゃないと、意味がない。だからこれはちょっとルール違反なんだよね」
ディナと行動を共にして、分かったことが一つ。
彼女は別に、無闇矢鱈とガラクタを集めて発明品を作っている訳ではない。最小限の道具で作って、
「このビルがこんな廃墟になる前みたいなるのが理想だけどね、わたしが生きている間にそれは難しいから。きっとその間にどんどん材料は少なくなっていく。それでもちゃんと作れて便利に使える物じゃないと、駄目なんだよ」
言いながら、ディナは折り畳みナイフのブレードを振り出した。
このナイフは僕のナイフとは違い、ディナが自分自身で製作したものだ。昔あったバリソンというナイフを見様見真似で再現したらしい。折り畳むとコンパクトになるし、振れば片手でブレードが展開して捗るという。僕としては薪が割れない薄い刃厚が気になったが、彼女の手にそのナイフはとても馴染んでいた。
「んー、やっぱないか。空振りだ」
ナイフでベニヤ板を
「あーAVだね、これ。誰かが隠していたのかな」
「へぇ、CDにDVDだけじゃなくて、AVなんてモノもあるのか。これはどんな円盤なの? 音楽を聴くのがCDで映像を見るものがDVDなら、AVはどんな事が出来るんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まじまじと僕の顔を覗き込むディナ。
そんなに変なこと、言っただろうか?
「AVはDVDの一種。セック・・・・・・まあ、子作りしている所を見る為にあって・・・・・・」
「子作り? そんな所見たって、しょうがないだろう。過去の人達はよっぽど暇だったんだな」
しどろもどろに言葉を紡ぐディナに僕は同意を求めてみたが、何故か彼女は何も答えようとせず顔を紅潮させていた。
「と、とにかくッ! 此所にはないっぽいし、もう行くよ!!」
僕が何か話し掛ける前に彼女はそう言うと、
ひっくり返された棚、散らばったCDやDVD、瓦礫で足の踏み場もない薄暗い店内。どこから入ったのか、無数の蝙が崩れかけた天井にぶら下がっている。
それでも、此所には確かな人の営みがあったのだ。まだこのビルが綺麗だった頃、音楽を聴いたり映像を見たりする為にきっと多くの人々が店内を行き交っていたのだろう。
「水着のポスターに見とれんな、変態!」
「見とれるも何も、そもそも水着って何だよ」
エスカレーターに乗ったディナに急かされ、僕は踵を返した。〝エスカレーター〟という名前は彼女が教えてくれた。昔はこの階段動いていたんだよ、と。嘘だろ、絶対。
「海っていう、ものすっごく大きな塩辛い水溜まりで泳ぐ時に必要な服の事! 馬鹿ッ!!」
余計、分からなくなった。今では微塵も動く気配のない朽ち果てたエスカレーターを足早に下りながら、僕は思う。
ディナの目指す世界はとても壮大で、それこそ月を自分の手で掴むようなモノだ。彼女の言う通り、その願いは彼女が生きている間に実現する事はまずあり得ない。
それでも少しだけ、見たいと思ってしまった。少なくとも、このエスカレーターが動いている所ぐらいは。
同時に、大した夢も望みもない自分を振り返って、また胸が少し痛んだ。
この痛みを、彼女は一体何と呼ぶのだろう。
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