その⑤

 目を開けた時、僕は暗闇の中に立っていた。

 生暖かい息を吐きながら辺りを見渡し、背後にあったものに気づいた時、この世界が夢であることに気づく。

「ああ…」

 暗闇の、六歩先。

男が膝に顔を埋めて座っていた。

 どんな顔をしているのかはわからない。でも、その疲れ切った背中とか、雨に濡れたように震える肩とか、涙を必死に堪えた唸り声が、直感的に、彼が「幸田宗也」であることを僕に知らせた。

「おい…、幸田宗也」

 彼に声をかけ、一歩踏み出した瞬間、足元から赤黒い炎が沸き上がって、僕と彼を隔てた。

 あまりにもの熱さに、僕は顔を覆って後ずさる。

 はっとして見ると、揺らめく炎の隙間に、幸田宗也が見えた。相変わらず膝に顔を埋めて座っていて、動く気配はない。

「おい! 幸田宗也ッ!」

 苛立ちに任せて、僕は声を荒げた。

「お前! 何やってんだよ! お前が人なんか殺したせいで! 僕が迷惑被ってるんだぞ!」

 炎が一層強くなり、彼の姿を遮った。

「くそ! くそ! くそっ!」

 わかってる。これは夢の中だ。あそこにいるのは、幻覚みたいなものだ。そんなやつに悪態ついたって、やるせないだけだった。

「ふざけんなよ!」

 虚しい慟哭をあげる。

「僕は普通に生きていたいのに! 僕は、篠宮青葉として、生きたいのに! お前は…、お前は…! お前のせいで! 全部滅茶苦茶だ!」

 その瞬間、キーン…と、耳鳴りのような音が、僕の脳天を貫いた。

 揺らめいていた炎が凍り付いたように動かなくなる。

 固まった炎の隙間に、幸田宗也。その疲れ切った背中が、ゆっくりと動いた。

『…使い方を、間違えたんだ…』

 そう、ぼそりと呟く。

 そして、ゆっくりと僕の方を振り返った…。

 次の瞬間、僕は何か強い力に引っ張られ、目を覚ました。

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