その②

 そうして通された部屋で僕を待っていたのは、腐りかけた人間の頭部だった。黒く綺麗な髪の毛が残っていて、見覚えのあるヘアピンで留められていた。

 それを見たとき、僕の中で何かが壊れた。

 警官の制止も振り切って、穂乃果さんの生首を掴むと、抱きしめた。胸に押し付けた拍子に、ボロボロと肉が崩れる。

 僕は天井を仰いで、慟哭した。

「ああああああっ! ああああああああああああああっ! ああああああああああああああああああああああああああっ! ああああああああああああああああっっ!」

 愛していたのに。

「ふざけんなああああああああああ!」

 結婚するはずだったのに。

「誰だああああああああああああ! こんなことをしやがったのはあああああ!」

 幸せだったはずなのに。

「死ねえええええ! ふざけんなあああああああああああああああ!」

 警官が僕を取り押さえる。

 兄さんが項垂れる。

 夏帆が、静江が「姉さん! 姉さん!」と言って、ワンワンと泣き始める。

「オレたちが何をした! 生きてただけだろうが! 五人で静かに! 生きていただけだろうがあああ! 何処まで奪えば気が済むんだ! お前らはあああああああああああ!」

 散々叫んだ僕は、その場で失禁し、そして、泡を吹き失神した。愛しき人の頭を抱えたまま、背中から倒れこんだ。

 犯人は誰かわからなかった。だが、あの結婚式の前夜、彼女は確かに、病院の送別会に参加していた。それなのに、皆が「知らない」「見ていない」と答えたのだ。

 兄さんに助けられながら、その証拠を警察に提出した。だけど、警察はマニュアル通りの捜査をするだけで、それ以上のことは何もしてくれなかった。そして、何かの権力に脅されでもしたように、捜査は打ち切りになった。

 あとから聞いた話だ。

 穂乃果さんのお腹の中には、僕との子供が宿っていたらしい。その子供もろとも、彼女は何者かに殺され、解体され、村のあらゆる場所に埋められた。

 もう、犯人を捜す気は起きなかった。

 うん、殺そう。この村の人間、全員殺そう。

 そうした方が、てっとり早いだろう?

 その日のうちに、僕は行動に出た。

 祖父の蔵に置いてあった日本刀を持ち出すと、彼女が勤めていた病院に押しかけた。

受付の看護師の顔を殴り殺した後、待合室に飛び込んだ。

目に入った動くもの全てに、片っ端から、錆びた日本刀を振り下ろし、殴り殺した。

それから、診察室の扉を蹴破って中に入ると、固まって震えていた看護師、院長、患者、全員の足の腱を突いて裂いた。

 給湯室に隠れていた奴が警察を呼ぼうとしたので、手首の腱を突いて、目を潰した。

 全員の動きを封じた後、僕は一人一人の「命乞い」を聞いていった。

 今まで散々、「知らない」「見ていない」と言っていた奴らは、震え、失禁しながら、あの日あったことをしゃべった。

「酒の席で村長の息子にしつこく話しかけられていた」「それを拒否したから、村長の息子は気を悪くした」「外れ者と子を作るなんて馬鹿のやることだ。と洩らしていた」「解散した後にも、しつこく彼女の後を追っていた」

ある程度状況を把握できた僕はニコッと笑った。

「教えてくれて、ありがとな」

 その言葉に、皆ほっとした顔をした。

だから、その顔面に容赦なく刀を叩きこんだ。穂乃果さんがやられたみたいに、首を刎ねたり、喉を裂いたり、耳を削いだり。そうやって一通り殺した後、振り返った。

診台の上に、手足の腱を抉られた男が、正座していた。

「お前だな…」

 僕は刀にこびり付いた血を払いながら、男に言った。

「お前が、穂乃果さんを、殺したんだな」

 その男は、村長の孫だった。

 つまり、僕の母さんを孕ませた男の、子どもだった。

 僕はため息交じりに、院長室の方を振り返ると、転がる死体を踏みつけながら、その扉を開けた。

 薄暗い部屋の奥に、ジュラルミンケースが置いてある。

 刀の切っ先を使ってロックを外し、開けると、そこには大量の札束が入っていた。

「口封じのための金か…。どうせ、親父かジジイに工面してもらったんだろう? 運が悪かったな…。もう少し早く渡しに来ていれば、僕と遭遇することも無かっただろうに…」

 この金使えば、静江や夏帆は、大学に行けるだろうか? いや、こんな汚い金もらったって、あいつらは喜ぶわけがないか。

 蓋を閉めた僕は、再び診察室に戻った。

 男は台から転げ落ち、逃げようと血の海を這っていた。

「祖父が祖父なら親も親。親も親なら、子も子…というわけか」

 僕はため息をつくと、男に駆け寄り、その腹を蹴りつける。

 男は血の上を滑り、待合室に飛び出し、ソファの足に背をぶつけて止まった。

「わ、悪かったよ!」

 男は失禁しながら、そう言った。

「本当に、悪かった! ああそうだよ、お前の女を殺したのは、俺だ。あの日! 間宮さんに睡眠薬を飲ませて、無理やりやった! でも、途中で起きて、暴れられたから、思わず首を絞めて…! すまない! すまない! 許してくれ。ちょっと、びっくりしただけなんだ! そうだ、お前も見ただろ? あの金。院長室にあった、あの金! 一千万はある! お前にやるよ! だから、許してくれ! 殺さないでくれ!」

 必死の命乞い。

 だから僕は、男の手首に刀を突きさし、ねじ切った。

 男の断末魔と共に、ぽと…っと、右手が落ちる。

 それを蹴って、廊下の向こうまで飛ばすと、首を傾げた。

「右手無いのに、どうやって生きるつもりだ?」

 錯乱した男は、血が噴き出る断面を押さえ、陸に上がった鯉みたいにのたうちまわっていた。その間もずっと、「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」と叫んでいる。

 僕は男の腹を踏みつけて押さえると、静かに言い放った。

「謝罪をしろ」

 そう言った。

「穂乃果さんに、謝罪しろ」

 村長の息子は床に額を擦りつけると、「悪かった!」と叫んだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あと百八回だ。あと百八回、謝罪をしろ」

「すまない! すまない! すまない! すまない!」

 百八回。とは適当に決めた数字だった。だから、数える気も無かった。

それなのに、男は助かりたい一心で、「すまない!」と、なぞるように叫んだ。そして、一分も経たないうちに、男が謝罪を言い終えた。

「た、助けて…」

 男の瞳に、光が宿る。

 まるで、「これで、助けてくれるんだろう?」と言いたげな顔だった。

 だから僕は、満面の笑みを浮かべ、その顔面に刀を叩きこんだ。

 パンッ! と風船が破裂するような音とともに、男の額が割れる。血を噴出させながらのけぞり、リノリウムの床に倒れ込んだ。

 白く濁ったその目は、僕に「どうして?」と訴えかけていた。

 男が死んだのを確認していると、背後で、ぴちゃ…と、血の海を泳ぐ音がした。

 電気に触れたみたいに振り返る。

 そこには、殺し損ねた女が、幼い我が子を抱えて逃げようとしていた。

「おい…、どこに行くつもりだ」

「お願いします…」

 女は僕の方を見ずにそう言った。

「助けてください」

「嫌だ」

 血だまりを踏みつけて、女に近づく。

 顔を見て気づいた。この女は、静江の実家が放火されて、母が焼死したとき、野次馬でやってきて、嘲笑っていたやつだった。

 ざまあないわね…って、笑っていたやつだ。

「お前、僕の妹を泣かせて、タダで済むと思ってんのか?」

 僕はため息をつくと、のんびりとした動きで、刀を振り上げる。

「…子どもがいるんです」

 女は震えながら言った。

「どうか、慈悲をください。今まで、あなたにやった無礼を…、お許しください」

「そんなものは無いね。ただの八つ当たりだから」

 刀を振り下ろす。

 その瞬間、女は我が子に覆いかぶさった。

 鈍った刃が、女の後頭部に直撃した瞬間、パンッ! と、ザクロの果実のような、血と肉片が飛び散った。

視界が赤く染まり、それは疲労感を相まって僕の平衡感覚を狂わせた。

僕はバランスを崩し、血の海にしりもちをついた。

血を拭って見ると、女は子を守って死んでいた。女に覆いかぶさられた子は、声を押し殺して泣いていた。

すぐに殺してやろうと脚に力を込め、立ち上がる。

 女を蹴りつけ、亀を虐めるみたいに、その身体を引っくり返した。

 途端に露わになる、幼子のおびえた身体。

「本当にごめんな…」

 僕は能面のような顔をして、女の子に謝った。

「…君は悪くない。君は、生きるべきだ。でも、ダメなんだ…」

 血で、手の中がぬめる。

 ぐっと柄を握りしめると、再び刀を振り上げた。

「もう僕は、どうすればいいのか、わからないから」

「おにいちゃん!」

 その瞬間、悲鳴にも似た声が、待合室に反響した。

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