その②
【あの日】
祝言をあげるはずだった。
桜の咲く丘にブルーシートを敷いて、東京から帰省したにいさんと、夏帆と、静江と一緒に、僕と穂乃果さんの結婚を祝うはずだった。
だけど、彼女はあの丘に来なかった。
僕は寒い風に当てられながら、彼女が車でやってくるのを待った。でも、やっぱり来なかった。夜になっても、来なかった。日を跨いでも来なかった。僕の家族はみんな優しくて、一緒に待ってくれた。夜は寒いから、抱き合って暖を取った。
朝日は綺麗だった。見捨てられたなんて、微塵も思っていなかった。
結婚式の前日、彼女は勤めていた病院の送別会に参加していた。きっとそこでトラブルに巻き込まれたのだろう。
僕は病院に行き、院長先生に聞いてみたが、彼は怪訝な顔をして「知らん」と言うだけだった。他の先生や看護師さんにも聞いたが、みんな青い顔をして首を振るだけだった。
それ以来、穂乃果さんは行方不明になった。
警察に相談しても、行方不明届は受理してくれたが、本腰を挙げての捜査は行われなかった。村人に聞いて回っても、みんな「知らない」と言った。石や生卵を投げつけてきた。
僕は大学に行くことを辞め、村に残って穂乃果さんの情報を集めた。
彼女の車は置いたまま。一緒に暮らしたあの家も、あの日のまま。
にいさん、夏帆、静江も、学校を休んで、協力してくれた。でも見つからなかった。
もう、この村を出て行ってしまったのだろうか?
僕は本当に、見捨てられたのだろうか?
次第にそう思うようになった。きっとそうだ。僕みたいな外れ者を、あんな綺麗な人が好きになってくれるはずがない。結婚してくれるはずがない。今まで優しくしてくれたのは、単に僕がかわいそうだったからだ。大学に合格して、独り立ちできるようになったから、見捨てたんだ。別に悪いことじゃない。「ライオンは子を崖から落とす」って言うし。
僕は諦めた。大丈夫、僕には、にいさん、夏帆、静江がいる。三人のために生きていけばいい。僕たちは家族だ。
そうして、彼女のことを探さないようになってから、一週間が経った頃、僕のために根気よく探していたにいさんが、ついに彼女のことを見つけた。
一報を聞いたとき、僕は泣いた。もちろん、うれし泣きだ。
何処に行っていたんだよ。ずっと探したんだよ。さあ、早く祝言を挙げよう。
そうして警察署に向かい、穂乃果さんと再会した。
僕の前にあったのは、人間の右腕だった。
それを見たとき、僕は思わず笑い、言った。
「やだなあ、なんですか? 作り物ですか?」
にいさんは、僕の隣で顔を覆って泣いていた。
僕は兄さんを冗談半分で𠮟責した。
「なんだよ、兄さん。穂乃果さんが見つかったから来たのに、穂乃果さんは何処だよ。からかうなよな~」
「ごめん…」
にいさんは、そう言うだけだった。
腐りかけた人間の腕の指に、見覚えのある、銀色指輪がはまっているのに気づいた。
僕は見て見ぬふりをした。
次の日、また「間宮さんが見つかった」という話を聞いて、僕は警察署に走った。今度は、何も聞かされていなかった静江と一緒に。
そこに待っていたのは、人間の脚だった。
僕は少し怒って、警察官に食って掛かった。
「おいなんだよ。からかうなよ!」
その後ろでは、静江が爆発するように泣いていた。
「こんな気持ちの悪いもの! 僕の妹に見せやがって!」
そう怒鳴った気がする。
次の日、また「間宮さんが見つかった」という連絡があった。
どうせまたどっきりだろうと思い行かなかった。すると、警察官が写真を持ってやってきて、「確認お願いします」と、人間の胴体の写真を持ってきた。当然警官を殴り飛ばして追い返した。どういうわけか、公務執行妨害にはならなかった。
そして次の日、家に、兄さんと、静江と、夏帆が青い顔をしてやってきた。
僕は婚約指輪を弄りながら三人を迎えた。
「どうした? みんなで飯でも食いに行く?」
三人は同時に首を横に振った。
「警察に行こう」
一瞬は断ろうと思ったが、三人の切羽詰まったような顔を見たとき、「ああ、もうだめだな」と思い、行くことにした。
警察署に着いた。入る前から、みんな泣いていた。僕は「どうせ、気持ちの悪い人形でも見せられるのだろう」と信じて、中に入った。
そうして通された部屋で僕を待っていたのは、腐りかけた人間の頭部だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます