第6話「思い出してはいけない」
バチンッ! と、頭蓋骨の奥で、何かが弾けるような感覚がした。
「うう…」
唸った僕は、手から週刊誌を落とし、その上に膝を突いてしゃがみ込む。
頭が割れるように痛み、立つことができなかった。
それだけじゃない。鼓動がみるみる速くなっていく。体温が一度上昇する。喉が渇く。胸が痛い。
「あ…、あ、ああ…」
炙り出しのように、脳に、あるはずがない記憶が蘇る。
脳の記憶じゃない。細胞の記憶だ。
幸田宗也の、記憶だ。
僕は反射的にこめかみに爪を突き立て、ガリッ! と引っ掻く。裂けた皮膚から血が滴り、床を濡らした。だが、痛みをもってしても、記憶の復元を止めることができない。
ならばと、耳を塞ぐ。ダメだ、聞こえる。誰かが僕の名前を呼んでいる。
これ以上はダメだ。これ以上、知ってはいけない。思い出してはいけない。
知りたい。ダメだ。知りたい。ダメだ。知りたい。ダメだ。
この肉体に存在する二つの魂が、まるで天使と悪魔のように、押し問答を繰り返している。優勢は、悪魔。
「あ、ああ…、ああ…、あああ」
膝が震える。
咄嗟に、週刊誌を拾い上げると、リビングに向かって投げつけた。
もう読んでいないはずなのに、脳に記憶が浮かんできた。文章ではない。映像だ。まるで実体験してきたかのように、鮮明な映像が脳裏を過る。
口の端から粘っこい唾液が垂れた。
「ああ、そうだ…」
嫌なことは、眠れば忘れることができる。
僕は生まれたての小鹿のような足で立ち上がると、リビングに向かった。
梨花といれば、彼女と一緒に眠ればきっと、こんなもの、忘れられる。
「梨花!」
そう叫んで、リビングに飛び込む。
「どうしたの?」
クローゼットに隠れていた梨花が、ひょいっと僕の前に出てきた。
きょとんとした目で、尋常じゃないくらい動揺した僕の顔を見る。
僕も、瞳孔を開いて梨花を見た。
彼女の顔に、誰かの顔が重なって見える。
電気に触れたかのような衝撃が、全身を走った。
その瞬間、二十年前のことを思い出した。
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