如月さん、どっちなの?



 そんな風に僕が悩み考えていると、そうこうしているうちに昇降口まで辿り着いてしまった。もうゴールの手前まで来てしまった以上、残されている猶予というのは全く無いと言える。


 迷っている僕と違って、如月さんはさっさと自分の下駄箱の前まで移動をして、履いていた上履きを脱いで靴へと履き替える。それからさっさと校門の方に向かって歩いていってしまう。


 移動してしまった彼女の後を追う様に、僕も自分の下駄箱に向かい、そして同じ様に靴を履き替えてから如月さんに追いつこうと駆け足で近寄っていく。


 昇降口を抜けて校舎から外に出ると、室内と違って外の暑い空気が肌に纏わりついてくる。そうしたジメジメとした暑さに対して、僕は少しだけ顔を顰めてしまう。


 いくら時間的に夕方だとはいえ、この季節になると日が沈んでも暑さが十分に残っているから、まだまだ過ごしやすい時間帯とは思えない。


 早くクーラーの利いた涼しい部屋に引き籠もりたいとも思ってしまうけれども、今はそんな事よりも重要な事がある。


 僕は如月さんの隣の位置まで移動をすると、少しだけ前に出て彼女の顔が見える様にした。そして僕の顔を見上げた如月さんと目を合わせてから、意を決して彼女に声を掛ける。


「あ、あのさ、如月さん」


「……? なに?」


「その……この後の事なんだけどさ」


「この後?」


「如月さんは、えっと……このまま家に帰る感じ、でいいのかな」


 僕が彼女に向かってそう問い掛けると、如月さんは怪訝そうな表情を浮かべつつ、軽く首を傾げた。


「どうして?」


「いや、その……」


「もう用事は終わったのだから、後は帰るだけでしょ」


 淡々とした感じにそう告げてくる如月さんだけど、まさにその通りなので僕は何も言い返せない。


 あくまで一緒に帰りたいのは僕だけなのであって、如月さんがそんな事を気にする余地なんてないのだから、そんな言葉が返ってくるのは当然だと思う。


「あ、そ、そうだね。そうだよね、うん」


「……?」


 取り繕う様に出てきた僕の言葉に対して、如月さんはますます良く分からないといった表情と仕草をとってみせた。


 僕に何か会話の引き出しがあれば、ここから繋げられるんだけれども……いくら考えても全く出て来ない。


 これも全て、会話のレパートリーに乏しい僕に原因があるだろう。早いところ、会話デッキを天気デッキから進化させないといけないかもしれない。というか、急務だろう。


「ねえ、蓮くん」


「へ?」


「何かまだ用事でもあるの?」


 と、僕が会話の進展が望めずに諦め掛けていると、如月さんは歩くのをやめて立ち止まり、彼女の方から僕に話し掛けてきた。


 如月さんが止まったので、僕も足を止めて彼女と正面から向き合う様な形をとる。そして自分の頭を掻きながらなんて言葉を返そうか考える。


「あ、いや、用事ってほどのものじゃないんだけど……」


「けど?」


「えっと……如月さんは、その……」


「……うん」


「この後って、何か予定とかあるの……?」


 絞り出す様に僕はそう口にして、彼女に向けて問い掛ける。さっさと言うべき言葉だったけれども、彼女のアシストがあったから何とか言えたと思う。


「特に無いわ」


 そして如月さんは短く、はっきりとした口調でそう答えた。


「何もする事は無いから、後は帰るだけ」


 如月さんはそう言い終えた後に、そっと自分の前髪を弄り始めた。そこで言葉は終わったので、きっとだけど僕からの返事を待っているのだろう。


 そうした彼女の様子を眺めつつ、僕は両手を握り拳にして、決意を固める。ここまで如月さんにフォローをして貰えたんだから、僕もちゃんと返事をしないと。


「じ、実はその……えっとね、如月さんが良ければなんだけど……この後、僕と一緒に帰らないかなって」


「……」


「ど、どうかな?」


 意を決した事で、僕はようやく自分の希望を如月さんに伝える事が出来た。そして今度は僕が彼女の返事を待つ番だ。


 ドキドキと緊張で速まる胸の鼓動を感じながら、僕は彼女の様子を窺う。目の前にいる如月さんは僕と違い、表情に何も出さずにいつもの無表情で佇んでいる。


「……」


「……」


 そしてそのまま僕らは互いに見つめ合う。時間にしたら数秒程度の事なのに、そうした待ち時間がとても長く感じられる。


「……」


「あ、あの……如月さん?」


 無言の空間に耐え切れなくなった僕は、恐る恐るという感じに彼女に声を掛ける。すると、如月さんはようやくゆっくりと口を開いた。


「……別に、いいけど」


「え?」


「蓮くんがそうしたいのなら、私は構わない」


 構わないという了承の言葉。如月さんはなんでもない感じで後ろ手を組んでから、僕に向けてそう答えてきた。


 そんな彼女の返答を受け、僕は瞬きを何度もしながら如月さんを見つめてしまう。彼女は相も変わらず表情も変えずに僕の事を見ていた。


「ほ、本当?」


「ん。いいよ」


「あ……えっと、その。あ、ありがとう」


「……? 別にお礼を言われる事でもないけど」


 如月さんはそう口にしつつ、不思議だという感じで首を傾げていた。けど、僕からしたらお礼をいう程の事なので、それで合っている。


 だって、如月さんと帰りたいというのはただの僕のエゴであって、本来は別に必要とするものでは無いのだから。


 だから如月さんから了承を得られた事は、僕にとっては嬉しい限りだ。


「でも、一緒に帰るといっても、すぐに解散になりそうね」


「えっ?」


 しかし、僕が喜びの感情に打ち震えている最中、そんな言葉が不意に飛んできた。


「蓮くんと私の家、方向が違うから」


 如月さんは淡々とそんな事実を述べた後、数歩だけ前に進んでから振り返った。


「だから、校門を抜けた先でさよならになるかしら」


 そしてこともなげにそんな言葉を彼女は投げ掛けてきた。ほんの僅か、ちょっとだけの微妙な感じではあるけれども、少し口角が上がっている……様に見えた。僕の勘違いかもしれないけども。


 ……もしかして、僕はからかわれているのだろうか。たまに出てくる如月さんジョークというやつなのか。それとも、ただの天然ぶりを発揮しているのか。……どっちだ?


 僕がそれについて悩んでいると、如月さんは気にせずさっさと足を進め、そのまますたすたと1人で歩いていってしまう。


「あっ、き、如月さん、ちょっと待ってよ!」


 僕は慌ててそう声を掛けながら、彼女を追い掛けて走り出すのだった。


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