友達の誘い方ってどんな風?



 作業を進めていくうちに刻一刻と時間は過ぎていき、日は傾いて空模様が茜色に染まっていく。


 夏場を迎えた事で日が沈むのも遅くなり、空はまだ明るいままだけれども、それでも時刻は夕方と言える時間になっていた。


 外から聞こえてくる部活動に精を出す生徒の声も少しずつ減ってきており、そろそろ時間的にも完全下校の時間になるのではないだろうか。


 そうした中で僕の進捗はというと、もう完成間近に迫っているといった感じだ。ある程度の色塗りも済んでいるので、残りをちゃんと仕上げさえすれば課題を終えられるだろう。


 昨日までの進行具合から考えて、ここまで仕上げれたのは上出来だと言えると思う。だって、今日の作業開始の時点ではほとんど手つかずの状態だったから、ここまで進められたのは素直に自分の事を褒めてやりたい。


 ……けど、こうして上手くいったのも、如月さんがいてくれたからに他ならない。僕だけで課題を進めていたら、きっと昨日と同じ様な進展にしかならなかっただろう。


 そしてそんな如月さんはというと、僕の隣に座っているのは変わらずだけど、今はなんかの文庫本を読んでいる最中だった。


 僕の作業も順調に進んでいたから、もうアドバイスの必要も無くなったという事で、こうして自分の時間に割いているのだろう。


 でも、完全に放置されたという訳じゃなくて、たまにこちらの方に視線を向けては僕の進捗具合を確認してくるので、ちゃんと気にはしてくれている様だ。


 ちなみにどんな本を読んでいるのか気になって、表紙を覗こうとしたけれども、生憎その本にはブックカバーがされていて、それを確認する事は出来なかった。


 まぁ、如月さんの事だから僕が読む様なライトノベルじゃなくて、きっと難しい純文学小説とか、そんな感じの物を読んでいるのだろう。


 ……これで読んでいる本の中身が、前に彼女が読んでいた様なサメに関する本だったら、ちょっと笑ってしまうけれども。


 そんな事を考えつつ、僕は手に持っていた筆を置き、その場で大きく伸びをしてみせた。長らく座って作業を進めていたので、体が凝り固まっていたからか、少しポキポキと音が鳴った。


 その音が聞こえたのか、如月さんがこちらの方に顔を向けるのが見えた。読んでいた本に栞を挟んでから閉じ、それを自分の膝の上に置く。


「終わったの?」


 僕に向かって首を傾げながら如月さんはそう聞いてきた。


「あ、いや……まだ終わってはいないんだ。けど、あともう少し頑張れば終わると思うよ」


「そう」


「うん。だから……次回でこの課題も完成しそうかな」


 そう言いながら僕は使っていた道具の片付けに取り掛かり始める。使った筆や水の入ったバケツを片付ける為に、立ち上がって水場に向かおうとする。


「……? 今日はこれで終わりなの?」


 立ち上がった僕を見て、如月さんは不思議そうに首を傾げながらそう問い掛けてきた。


「えっと、そのつもりだけど……」


「あともう少しで完成するのに?」


「う、うん。まぁ、そうなんだけど……時間的に完全下校時間も近いから、そろそろ帰らないといけないし、それに……」


「それに?」


「……その、これ以上は如月さんを付き合わせるのも、なんだか申し訳ないからさ」


 僕は苦笑いを溢しながら、如月さんにそう答える。後は僕が頑張ればいいだけの話だし、如月さんを作業終わりまで付き合わせる必要も無いだろう。


 なので、今日はここまでにして、残るは明日の僕に頑張って貰う。そうする方が妥当だと思ったので、僕は如月さんにその事を伝えたのだ。


「……そう。分かった」


 如月さんは僕の返答に、特に表情を変える訳でもなく、ただ淡々とした口調でそう呟いた。そして彼女は自分の鞄の中に文庫本をしまうと、そのまま立ち上がって帰り支度を始めた。


 そんな如月さんの様子を見た後で、僕は今度は水無月さんの方に視線を向けた。その先にいる彼女はというと、黙々と絵を描いている最中だった。


 少しだけ眺めていたけれど、手を止める気配は見られないので、彼女はまだ続けるつもりなのだろうか。僕は帰る事にしたけれども、水無月さんはどうするか分からないので、一応は声だけでも掛けておこう。


「えっと……水無月さん?」


「……」


「あのー……?」


「……あ?」


 僕が何度か声を掛けると、ようやく彼女は筆を置いて僕の方に顔を向けた。そして不機嫌そうな表情を浮かべながらそう言葉を返してきた。


「んだよ、せっかく集中してたってのに。邪魔すんじゃねーよ」


「ご、ごめん……」


「ったく……で、何の用だ?」


「あ、いや、その……水無月さんはどうするのか、聞きたくて……」


「は? どうするかって、何がだよ」


「僕はこれでキリにして帰るつもりだから、そっちはどうするのかなぁ……って思ってさ」


「……あぁ、そういう事か」


 僕の言葉を聞いた水無月さんはそう呟くと、再び筆を握り始めた。


「あたしはもう少し残るから、帰るなら勝手に帰んな」


 そして水無月さんは僕の顔を見ずに、素っ気なくそう言ってきた。それからこれで会話は終わりだと言わんばかりに、彼女は絵をまた描き始める。


「あ、う、うん……分かったよ。じゃあ、僕は先に帰るね」


 そんな水無月さんに僕はそう声を掛けるも、彼女からの返答は無かった。作業に集中しているせいか、聞こえていないみたいである。


 まぁ、ちゃんと声掛けもしたし、これでまた話し掛けるのは彼女にとっては邪魔にしかならないだろう。そう思った僕はこれ以上は話し掛けずに片付けに取り掛かった。


 出来るだけ音を立てずに僕は使った道具を片付け終えると、静かに移動をしてから自分の荷物を持ち、如月さんと一緒に美術室を出ようとする。


 そして出る時に少しだけ振り返ると、1人残った水無月さんに向けて僕は軽く会釈をしてみた。しかし、作業に集中している彼女がそれに気が付く事は無かったけれど。


 こうして僕らは美術室を後にして、静かに扉を閉めた。それからは下校する為、まっすぐ昇降口に向かっていく。


 人通りの全く無い特別棟の廊下を黙々と歩けば、僕と如月さんの足音だけが微かに耳に響いてくる。その足音を静かに聞きながら、僕は一定の距離感を保って彼女の隣を歩いていく。


 僕ら以外に誰もいない廊下はどこか寂しく、そして物悲しい雰囲気が漂っている。けれども、僕にとっては如月さんという存在がいるだけで、その静けさはどこか心地良く感じられた。


 ……まぁ、僕が思っている事なので、如月さんが今の状況をどんな風に感じているのかどうかは分からないけれど。でも、少なくとも僕はこの沈黙が嫌ではなかったので、特に気にならないでいた。


 そうした事を考えながら、僕は昇降口までも道のりを進んでいくのだけれども……えっと、これからどうしようか。


 いや、どうしようかも何も、流れ的にはこのまま学校を出て、後は帰るだけだ。やり忘れた事も無いから、直帰すればいいだけの話なのだから。


 ……けれども。ここまで付き合わせてしまったとはいえ、せっかく如月さんといるのだから、僕としては彼女と一緒に下校をしたい……なんて思ってしまう。帰り道は全く違うけども。


 だけど、こういった場合ってどんな風に誘えば良いのだろうか。陰キャ属性の染みついた僕には、どんな感じにすればいいのかがちょっと分からない。


 気軽な感じに誘えばいいのかな。けど、如月さんに向かって『送っていこうか?』なんて言い回しをしたところで、『別にいい』とか言われて解散なんてオチは見え見えだと思う。


 でも、これといって如月さんと一緒に帰る理由が思いつかないし、なんて彼女に言うべきなのか……。


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