噛み合わない2人のやり取り。
しばらく無言のまま、僕は集中して絵を描き進めていく。脇目も振らず、ただ一心不乱に鉛筆を動かしていく。
正直なところ、出来上がっていく絵については納得がいかない部分もある。というか、そうした箇所が大半だ。
自分で描いた絵であるけれども、好きにはなれないし、描き直したいとすら思ってしまう。だけど、妥協の精神で構わず突き進んでいく。
そうして描き進めていくうちに、僕はようやく自分の顔にある程度は寄せたと思える下書きを描き上げる事ができた。
下手くそだけど人間の顔として辛うじて認識が出来るぐらいにはなった……と、思いたい。というか、思わせて欲しい。
「ふぅ……」
僕はその絵の出来を眺めながら軽く一息吐いた。今までの進捗具合からして、これはかなり進んだ方だろう。顔の輪郭を描くだけで数時間を使っていた僕だからこそ、その進歩は著しい。
……まぁ、本当に納得のいく出来ではないけども、それでも何も進んでいないよりかは遥かにマシだと言えるだろう。こうして段階が進んだからこそ、そう思えるのだった。
「後はこの絵に色を塗っていけば、とりあえずは完成かな」
僕はそう呟きながら、改めて絵を眺める。あれだけ苦労をした課題だったけれども、終わりが近付くと思えば感慨深くもなる……いや、そうは思わないか。
僕が思うとすれば早く終わってくれとか、終わってくれて清々するとか、そんな気持ちだろう。別に絵に対してなんら思うところがある訳じゃないんだから。
そんな事を考えつつ、僕は顔を上げてから隣にいるであろう如月さんがいる方に視線を向けた。長らく視線を向けていなかったので、彼女が何をしているのか気になったからだ。
そうして僕は如月さんの方に顔を向けたんだけども、そこにいると思っていた彼女の姿はそこには無かった。
「って、あれ?」
さっきまで隣にいたはずなのに、どこに行ったのだろうか。もしかすると見ているだけだと退屈してしまったのか、どこかに行ってしまったのかな。
僕は席に座ったまま、辺りをキョロキョロと見渡してみる。すると、少し離れた場所に如月さんが1人で立っている姿が見えた。というか、その場所は……
「え、えぇ……」
なんと如月さんは、まさかまさかの水無月さんの背後に立っていたのであった。無言で水無月さんの背後を陣取る如月さんは、どこかシュールな光景であった。
というか、あんな事をされて水無月さんは怒らないのだろうか。僕は彼女の反応を伺おうと恐る恐る視線を向けてみる。
しかし、どうも水無月さんは如月さんが背後に立っている事に気が付いていない様に見えた。自分の顎に手を当てながら、描いている絵を注視して、ブツブツと何かを呟いている。
さっきまで課題を進める意思はまるで見られなかった彼女だったけれども、今はやる気になったのか流暢な手つきで鉛筆を走らせていた。
そんな風に絵に集中をしているせいで、如月さんの存在にまるで気が付いていないのだろう。なので、如月さんは悠々と水無月さんが絵を描いている作業を眺めているのだった。
「……上手な絵ね」
と、そこで如月さんがそんな言葉を不意に漏らした。特に表情も変えず、淡々とした口調で語られたその言葉。
彼女の事だから、絶対にお世辞だとか嫌味からくる言葉では無い。純粋に水無月さんの絵を賞賛しているだけなのだ。
しかし、その声を聞いた水無月さんは、そこでようやく自分の後ろに誰かが立っている事に気が付いた様だ。ビクッと体を震わせて、慌てた様子で後ろを振り返る。
「って、は、はぁっ!?」
自分の背後に立つ如月さんの顔を見てか、水無月さんはそんな素っ頓狂な声を上げた。そして彼女は急いでその場から立ち上がると、如月さんをキッと鋭い目付きで睨み付ける。
「て、てめえっ! なにしてんだ!」
わなわなと肩を震わせた水無月さんが、如月さんに指を差しながらそう怒鳴りつける。しかし如月さんは無表情のまま、良く分からなさそうに首を傾げるだけだった。
「絵を見てただけよ。あなた、絵が上手いのね」
「いや、おかしいだろ! なんで見てんだよ!」
「なんでって……気になったから」
水無月さんは如月さんに詰め寄りながらそう口にするが、彼女は特に気にする事もなく無表情で淡々とそう言葉を返していた。
「……なにか駄目なの?」
「駄目に決まってるだろ! つか、勝手にあたしの後ろに立つなっての!」
「どうして?」
「どうしたもこうもねえよ! 普通に考えれば気が散るって分かんだろ!!」
「……? そういうものなのかしら」
「そうだよ! ったく……。いい加減にしろよ、マジで。というか、さっさと元の場所に戻りやがれ」
そう言ってから水無月さんは如月さんの背後に回って肩をがっしりと掴むと、そのままグイッと押す。そんな水無月さんの行動に対して、如月さんは特に抵抗をする素振りは見せず、なすがままに押されていく。
そんな強引とも思える彼女の行動に、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。なんというか、本当にこの2人は相性が悪いというか……噛み合わなさすぎるというか。
……まぁ、でも。こうして如月さんが他の誰かと関わっている姿というのは、なんだかとても新鮮に感じる。普段の学校生活では見られない光景だからこそ、よりそう思えてくる。
クラスでは1人でいる事が多い彼女だし、こうして水無月さんと絡んでいる様子は、交流のある弥生さんや卯月を相手にしている時とはまた違った雰囲気というか。……なんだろう、ちょっと嬉しい様な気持ちすらある気がする。
と、そんな事を僕が考えているうちに、如月さんを連れた水無月さんが僕の傍にまでやってきた。彼女は相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべて、僕の事を睨み付けていた。
「おい、蓮」
「へ? あっ、えっと……」
「こいつ、お前が連れてきたんだろ。だったら、ちゃんと責任を持てよ」
「せ、責任って?」
「目を離すんじゃねえって事だよ! あたしの邪魔しない様に見張ってろ、全く!」
水無月さんはそう言った後、如月さんを僕に押し付けていってから、自分の場所に戻って行った。そして彼女はまた鉛筆を手に取って作業を再開し出した。
そんな水無月さんの姿を眺めた後で、僕は如月さんの方にも目を向ける。ぞんざいな扱いを受けていた彼女だったけれども、如月さんは気にせずといった感じだ。
「え、えーっと……」
「……」
「あの、如月さん……?」
「……? なに?」
「その……どうしてあんな事をしたの?」
「あんな事って?」
「水無月さんの絵を見に行った事なんだけども……もしかして、退屈だったりとかしたのかなって」
僕が彼女に向けてそう問い掛けると、如月さんは首を横に振って違うという意思表示をしてみせた。
「じゃあ、どうして……」
「気になったから」
気になったから……か。さっきも如月さんは水無月さんにそう言っていたけど、一体何が気になったのだろうか。
そして如月さんはそれだけ言った後、僕から視線を外して今度は窓の外に視線を向けていた。これで会話は終わり、という様な雰囲気である。
……まぁ、それを聞いたところで僕に何かある訳でも無いし、これ以上は時間の無駄かもしれない。僕はそう考えて、それ以上は特に何も聞かなかった。
そしてそのまま美術室には誰も声を発さない、無言の空間が広がっていく。それからは特に何事も無く時間が過ぎていくだけであった。
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