無口な彼女なりのアドバイス。



「そ、そうなのかな……?」


「ん。別に蓮くんがこだわり抜いて絵を仕上げたいのなら、それでもいいと思うけど」


 如月さんからそう言われた僕は、思わず考え込んでしまう。僕はこの課題をどう進めたいのかを。


 僕が望んでいるのは、課題を早く終わらせてしまいたいというものだ。決して、精密に寄せた自画像を描くというものではない。


 けど、僕がしているのはそういう事なのかもしれない。口では早く終わらせたいと言っていても、妥協ができないでいるのが現状だ。


 だから、自分が納得するものになるまでは、描き直しをしてしまっている。それでは一向に終わる気配がないのは当然なのではないだろうか。


「……そっか」


 僕はそこでそう呟いた。確かに如月さんが言った様に、別にそこまで完璧を目指さなくても良いのかもしれない。


 どう足掻いても僕の画力がこの場で急に上昇するわけじゃないのだから、納得がいかなくても妥協できる様になるべきだ。


 それを踏まえた上で、今の場面で最も優先するべきは何か。それは消しゴムを使ってさっき描いた線を消す事じゃない。


 僕は持っていた消しゴムを置き、鉛筆を握り直す。そしてその後でまた如月さんの方に視線を向けた。


「えっと、如月さん」


「なに?」


「その……ありがとう」


「……? なにが?」


「僕にアドバイスをしてくれて」


「……別に、私は思った事を言っただけ」


「うん。それでも、僕は助かったよ」


 僕がそんな素直な感謝の気持ちを述べると、如月さんは不思議そうに首を傾げてみせた。どうやらなんで感謝されているのか、良く分かっていない様だった。


「えっと……如月さんが指摘してくれなかったら、僕はいつまで経っても同じ事の繰り返しで、課題が終わらないままだったと思う」


「……」


「だから、ありがとう。如月さん」


 僕は再び感謝の気持ちを込めて、如月さんにそう言った。それを聞いた如月さんは少しキョトンとした顔をした後、ゆっくりとした動作で頷いていた。


「そう。それなら、良かった」


 如月さんは相も変わらず無表情のままでそう口にして、僕の感謝の言葉を受け取ってくれた。


 ……けど、そんな彼女の表情が前とどこか違う風に見えるのは、僕の気のせいだったりするのだろうか。


 以前と比べて、如月さんはどこか角が取れた様な……表情が柔らかくなった気がする。だからこそ、彼女の魅力がより引き立っている様に見えて……


「……? どうしたの? そんなにじーっと見て」


「へ!?」


「私の顔に、なにか付いてたりする?」


「あ、いや……その、なんでもないです」


 僕は取り繕う様にそう言ってから、慌てて視線を如月さんから外し、絵の方に集中した。そしてそのまま誤魔化す様に鉛筆を動かしていく。


 如月さんを目の前にして、君の顔に見惚れていただなんて、とてもじゃないけど言えない。恥ずかしいので、絶対に言えない。


「……やっぱり、蓮くんって変な人」


 と、僕の隣からそんな呟きが耳に届いた。どこか呆れた様な、それとも分からなくて不思議がっている様な、そんな声音。


「けど、それが蓮くんらしさ……なんだろうね」


「え……」


 僕は思わずそんな声を漏らして、如月さんの方に顔を向けてしまう。彼女はまた少しだけ首を傾げていた。


 そんな僕らの間に訪れたのは沈黙で、どこか気まずさを感じさせる空気がそこに漂っていた。だけど、それも一瞬の事。


「手」


「へ? て、手?」


「手、止まってる」


「あ……うん」


 如月さんに注意されて、僕は慌てて手を動かす。絵を描く事に集中しているので、僕の視界には自分の絵しか映らない。


 ……今の如月さんはどんな表情をしているのだろうか。そんな事を考えつつ、僕は絵を完成させる事に注力を注ぐのであった。


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